【講演録】ノースロップ・グラマン 池田有紀美さん「安全保障を志す学生の皆さんへ」
- 日本の防衛
2025-12-31 18:02
2025年9月6日、東京都江東区の大正記念館で「全国学生安全保障カンファレンス in 東京」が開かれました。同カンファレンスのスポンサーとして登壇した、米国ノースロップ・グラマン社の日本オフィス副代表 池田有紀美さんの講演をお届けします。
語り手
ノースロップ・グラマン 日本オフィス副代表・事業開発ディレクター
池田有紀美(いけだ・ゆきみ)
聞き手
軍事ライター
稲葉義泰(いなば・よしひろ)

防衛省、国連を経て防衛産業へ
池田有紀美(以下、池田)
ノースロップ・グラマン・ジャパンの池田と申します。今日はよろしくお願いいたします。
稲葉義泰(以下、稲葉)
よろしくお願いいたします。
池田さんはノースロップ・グラマンに入社される前から、安全保障・防衛関連のお仕事に携わってこられました。今日は学生さんの集まりですので、広く防衛産業というものに池田さんが進んだきっかけについて、お伺いできればと思います。
池田
貴重なご質問ありがとうございます。
私が防衛産業に進んだきっかけということで、大きく分けて2つお話しさせていただこうと思います。
私は大学生の頃、皆さんと同じぐらいの年齢で進路をどうしようか考えていた時に、安全保障の専門家になりたいと思ったんですね。外交とか、防衛とか、民間企業に入って産業や技術の発展に貢献するとか、いろんな道があると思うんですけど「安全保障の専門家になるには、防衛の専門を極める必要がある」と思ったので、私は防衛省に入省しました。
その後、シンクタンク、国連でも働きました。直近ではニューヨークに本部がある国連の軍縮部というところで2021年から4年近く働いて、ノースロップ・グラマン(Northrop Grumman)という米国の防衛企業に転向しました。これが1つめ、私のキャリアの流れです。
2つめは、じゃあなぜ日本政府から国連、国連から防衛産業に転向したのかというところです。
世界は今、すごく不安定です。私たちが生きている自由社会というのは、自動的には守られないんですよね。自分たちが守っていかなきゃいけない。守るのは人ですし、エンジニアですし、皆さんですよね。
今日は現実の話をしたいと思います。私たちが当たり前と思っている安定した平和や秩序というものは、もう、お分かりのように、保障されたものではありませんよね。毎日、能動的に守られなきゃいけない民主的な価値だと思うんです。
私たちは、この日本ですごく平和に暮らしているので、自由に食べたいものを食べられるし、毎日安心して寝られるし、あんまり意識することってないと思うんです。けれども、私が国連で働いていたときには、毎日接する同僚が戦地から逃げてきた人だったりですとか、全然違うバックグラウンドで、戦争という現実の中で自分たちの生活がものすごく過酷で苦しいところに追いやられてきた人というのが身近にいたために、日本で享受しているこの平和な日常は当たり前ではないということを身をもって実感していたんですね。
政策や外交だけで 銃弾を止めることはできない
池田
それが私の人生をすごく変えました。
その時に深く認識したのは、「この生活を守るためには盾が必要なんだ」ってことです。英語だと「shield」です。私が今、ノースロップ・グラマンに来てすごく意識していること、それは「build a shield」「盾を作る」ということです。
これが現実だと思うんですね。実際に盾を持って、将来的な敵とか攻撃力とかに対抗するということをやっていかなきゃいけない、というのが現実なんですね。
この現実に関わるのでも、関わらないのでも、どちらでもいいと思うんですけども、私は関わる道を選びました。それが大学生の時からあったpassion、情熱です。
まず、日本の防衛省、出向先の外務省で日本政府職員として、その後はニューヨークの国連で国連職員として、政府と国際機関の政策立案プロセス、安全保障・防衛政策というものがどのように国や国の集合体の意志を決めて設定し、作用していくのかというのを学びました。つまり、政策とか、外交の力を信じてきました。それはほんとに大事で、もちろん今でも信じています。
でも、意志だけでは足りないですよね。やっぱりそれを実現するだけの能力は必要です。相手からの侵略を抑止するには能力が必要なんです。思いだけで、銃弾って止められないですよね。
なので私は、自分の仕事の成果を目に見える形で確認したくて、産業側のノースロップ・グラマンに加わりました。
その選択に、すごく満足しています。
なぜかと言うと、国際政治学の重要な概念でもありますが、「意図」×「能力」=「抑止」、私たち産業側は、実際に運用可能な技術を現場に展開して、信頼していただける「能力」というものを届けることで、「抑止力」を高め、戦争に至るリスクを下げることができるんですね。それによって、民主的価値を守ることに貢献できていると感じています。
防衛省とか国連での経験は、何をすべきかとか、何が正しいかとか、そういった規範的なことを教えてくれました。その経験は、今でも私を構成する本当にすごく大事なひとつの柱なんですけれども、一方で、今私がいる産業は、その規範を達成するために、何が実際に機能するかということを考えさせてくれています。しかも、その機能を実際に現場に届けることができる。
なので、平和には、意志と能力、その両方が必要だと思うんですね。今はその能力を現場に展開していることに非常に満足しています。
「日米同盟が最も強固になるとき」ってどんなとき?
池田
もうちょっと続けます。
世界の平和に最も貢献できる道というのはですね……これは皆さんがそれぞれ自分自身の強みを生かしていろんな道があり得ると思うので、今は私のケースについて喋りますが、この地域の安全保障の礎である戦略的同盟、すなわち日米同盟を強化することに貢献できる、それが私のできることだと確信しました。
というのは、防衛省時代に「日米防衛協力ガイドライン」という、日米安全保障条約に基づいて、平時から緊急時まで日米の防衛協力の具体的なあり方と政策的指針を示す文書の実施などに携わった経験から、私ができるのはこの分野、日米の安全保障と防衛、そして政策面に関わる接点だなと思いました。
質問していいですか?
皆さん多分いろんなところで勉強して考えてこられていると思うんですけれど、日米同盟が最も強くなる時というのはどういう時だと思いますか?
参加者 A
共通の利益があるとき。
池田
素晴らしい。そうですね。同じものを見ていないといけないですよね。ひとつの答えだと思いますね。他にありますか?
参加者 B
脅威を共有しているとき。
池田
おっしゃる通りだと思います。他にありますか?
参加者C
戦略的な利益も大事だと思うんですけれど、それ以上に、同盟国の国民同士が精神的なつながりとか価値観を共有しているとき。
池田
そうですね。やっぱり基盤となる価値観を共有できないと、見ているものが同じでも違うこと考えてたりしますよね。非常に面白い。すごく大事な回答、ありがとうございます。
じゃあ、それらのものを共有しながら、2者が何をしなきゃいけないかです。
日米パートナーシップの実現のため 産業の立場から貢献する
池田
一緒に頑張らなきゃいけないんですね。
これって、言うのはすごく簡単ですけど、すごく難しいです。
なぜかと言うと、お互いの利害関係が違っているからです。「国として今、何に力を入れなきゃいけないか」とかが違ってるんですよね。そういった、政治とか、2者間のダイナミクスによって、一緒に頑張らなきゃいけないところを頑張れなかったりとかするわけです。
皆さん、日常生活における人間関係の中で似たようなことを経験したことはあると思うんです。
一番仲の良い友達、あるいは恋人、あるいは家族。2人でチームを組んで頑張らなきゃいけない時に「俺ばっかりなんで?」って感じる時とか、あるいは「ちょっと今しんどいから頑張れなくて、ここ放っとけないかな」「この事業、貢献しなくていいかな」みたいな時あると思うんですよね。でもそうすると、全体として発揮できる能力は、当たり前ですけど、少なくなっちゃうんです。
同盟を最も強くしなきゃいけない時は、やっぱり日本とアメリカの両方が頑張らなきゃいけない。だから、それを言葉で言うだけじゃなく、実際に行動に落とし込んで実現させていくということが大事なんですね。
しかも組織的にやらなきゃいけないわけですから、1人と1人のような簡単な話じゃなくて、組織全体がそういう思いを持って動いていくためにチームを作っていく。政府と政府の間だけじゃなく、産業と産業、そして学者と学者、いろんなプラットフォームにいる人たちが本当に協力できるような基盤を作っていく、それがすごく重要だと思っています。
なので、「日米のパートナーシップ」というのは条約の文言だけじゃないんですよね。実際には、例えば共有している試験場とか、実際に相互運用を一緒にしているデータリンクとか、あるいは、訓練でうまくいかない時にお互いをサポートするチームとか、そういった、お互いを思いやる、お互いに信頼できるチームていうのがすごく大事だなと思っています。口で言うのは簡単ですが、実際に毎日そういう行動ができているかは別の話で、毎日意識して行動に移す必要があります。
私は、そういった日米パートナーシップに産業の立場から貢献しています。
自由社会が身を寄せることができる盾をつくる会社

池田
ノースロップ・グラマンについてお話しします。
ノースロップ・グラマンは作る会社です。Manufactureの会社で、地上、海中、そして航空・宇宙、サイバー、AIなどの先端技術分野における技術や製品を世の中に届けるために仕事をしています。
概念的なことを言うと、今、世界は混沌としていると思うんですけれども、その混乱の中に明瞭さ(clarity)をもたらすシステムを作る、侵略を抑止(deter)するプラットフォームを作る、ということをしています。
さっきも出てきましたけれども、「抑止」とか「抑制」ということを前提に設計しています。なので、その精密さですとか、説明責任とか、同盟国との信頼性というのがすごく重要になってきます。そして、私たちが作っているのは、単なる製品じゃなくて、そのアプリだと思っています。
初めの話に戻りますけど、自由社会が身を寄せることができる盾、「shield」を作っている、という風に自負しています。今日は、そこをお伝えしたいと思って来ました。
大袈裟に聞こえるかもしれないんですけど、戦争ってすごく物理的(physical)で劇的なんですよね。人が死んでしまう、家も町も破壊されてしまう。これが現実で、こういう物理的なことを考えていくと、例えば、戦争に使う兵器、武器システムというものは、使っていけば使っていくほど減衰しますし、熱量が上がってくると故障したりとか、バッテリーが消耗してしまったりとか、衛星の軌道がずれたりですとか。天候も人間の期待を裏切っていろんな困難をもたらします。なので、そもそもが物理的なんですね。
だからこそ、私たちの会社が技術的に貢献することにはすごく意味があると思っています。
例えば、その節電した1ワット、製品が削減した1グラムの重さ、あるいは暗号を強力にするために開発した1つのコードシステムですとか、そういった、小っちゃいひとつひとつのことというのが、抑止や防護につながっていく行為を生んでいるんだなって実感しています。
困難を前にして情熱が尽きない人は、安全保障の世界で退屈しない
池田
そういった技術によって得られた有利な国としての立ち位置や駆け引きが、ひいては外交が機能する時間を稼いだりとか、あるいはその外交が行われる舞台を作ったりとかで、技術が抑止を高めて戦争を防ぎ、外交を支え、これによってルールに基づく国際秩序を保つということに繋がっているんだろうなって認識をしています。
なので、今、この国が直面する課題、あるいは、もっと広くグローバルに私たちが直面している課題というのは、すごく難しいチャレンジングな課題で、立ち向かうには、皆さんのような若い方々の情熱、野心、知性のすべてが必要だと思っています。
私たちは、ただ仕事を求めている人を探しているのではないです。
実際にその難しい問題を前にして、本当に心の底から頑張れる人、お腹の底から踏ん張って、どれだけ辛くてもその情熱のために頑張れる人が、安全保障や防衛の世界に向いているんじゃないかなって思います。
というのは、やっぱり現実世界で、実際にその難しい課題を本当にクリアして、出荷して、運用まで持っていくのは、ハードウェアでも、ソフトウェアでも、オペレーションでも、そんなに簡単なことじゃないです。なので、そういったチャレンジ精神を持っている人は、この分野では決して退屈しないと私は思っています。
皆さん、たぶんそれぞれいろいろな情熱をお持ちですので、ご自身で振り返っていただければいいと思います。
ノースロップ・グラマンの、その最先端の技術を通じて、そういった現場に展開できる能力、責任ある形で貢献できているというのが、今、私が本当にこの産業に転向してよかったなと思っているところです。
長くなりました。ありがとうございました。
稲葉
ありがとうございました。
池田さんのお話を伺ってなるほどと思ったのは、池田さんは理念といいますか、守るべきものが明確で、それを実現する能力を提供するのが御社なのですね。
御社が日本で展開されている製品とか、迎撃あるいは協働して対処していくシステムとか、そういったアセットというのが、さきほどの「シールドを作る」というところに繋がっているのかなと、私はすごく腑に落ちました。
池田
ありがとうございます。まとめていただいて。

(その②に続く)
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