木原防衛大臣、シャングリラ会合(IISSアジア安全保障会議)におけるスピーチ全文
- 防衛省関連
2024-6-3 07:07
シンガポール訪問中の木原稔(きはら・みのる)防衛大臣は6月1日午後、IISSアジア安全保障会議(シャングリラ会合)の全体会合第4セッション「地域横断的な安全保障秩序の課題」においてスピーチを行った。
木原大臣は、今日の国際社会がこれまでになく不安定な状況にあり、ウクライナ、イスラエルだけでなく東アジアでも国際秩序への挑戦が行われているとした上で、一国では解決できないこれらの課題を解決して、世界の未来に平和と安定をもたらすには、国境を越えた協力こそが必要であると呼びかけた。また、日本が防衛力の強化に努めていることにも触れ、この地域において積極的にリーダーシップを発揮していくと表明している。
具体的な内容は、以下のスピーチ全文でご確認いただきたい。
防衛大臣スピーチ「地域横断的な安全保障秩序の課題」
冒頭挨拶
ギーグリッヒ代表、チップマン博士、エモット理事長、ご来賓の皆様、今回シャングリラ会合でスピーチをさせていただく機会を頂戴し、大変有難く存じます。本会合開催のために尽力されたIISSの皆様とシンガポール政府に改めて敬意を表します。
私(木原大臣)とIISS※との関係について申し上げると、防衛大臣政務官を務めていた2014年、ロンドンのIISSにおいて講演させていただきました。10年の時を経て、本日はここシャングリラ会合において、リトアニアのシモニーテ首相、カタールのアティーヤ副首相兼防衛担当国務大臣と共に登壇できることを、大変光栄に思います。
本日は、現在の国際社会が直面する課題、インド太平洋地域の重要性、そして日本の取組について、お話したいと思います。
※IISS:英国のシンクタンク、国際戦略研究所(The International Institute for Strategic Studies)の略称。アジア安全保障会議(Asia Security Summit)、通称「シャングリラ会合」の主催者。
繋がる世界、予測不可能な世界
今日(こんにち)の国際社会は、これまでにない困難な課題を抱えています。
ロシアによるウクライナ侵略は、開始から2年以上経った今なお続いています。この侵略では、主権、領土の一体性、武力行使の一般的禁止といった国連憲章の原則が公然と踏みにじられました。先人が多くの犠牲を払って築き上げてきた国際秩序の根幹は、ロシアの暴挙によって揺らいでいます。
中東では、昨年よりイスラエル・パレスチナを巡る新たな惨禍を目の当たりにしました。長引く戦闘により、ガザ地区の人道状況は厳しさを増しています。さらに、海運の要衝である紅海やアデン湾ではホーシー派による民間船舶への攻撃が相次ぎ、航行の自由が大きく妨げられています。我が国は事態の早期沈静化、人道状況の改善に向け、外交努力を続けております。
東アジアでも、国際秩序は様々な挑戦を受けています。北朝鮮は安保理決議に違反して、弾道ミサイル等の発射を重ねています。この1週間の間にも、北朝鮮は弾道ミサイル等の発射を強行しました。これらは我が国だけでなく、地域と国際社会の平和と安全を脅かすものです。東シナ海・南シナ海では、力や威圧による一方的な現状変更やその試みが続いています。台湾海峡の平和と安定も重要です。さらに、ロシアは不法占拠を続けている我が国固有の領土である北方領土を含め、極東地域における軍事活動を活発化させています。
各地域で情勢の不安定化は顕著です。地域を跨いだ同時多発的な危機が生じるリスクや、偶発的衝突が起きるリスクは、残念ながら近年大きく高まったと言わざるを得ません。
国家間競争が激しさを増す中で、越境するリスクも台頭しています。AIを悪用した偽情報は、サイバー空間上で容易に国境を越えます。気候変動や自然災害といった広い意味での安全保障課題は、国境が意味をなさず、地球規模での協調なくして解決することはできません。
相互の繋がりが増した世界において、地理的範囲、キネティック/ノン・キネティック(編注:物理的/非物理的の意)領域、軍事・非軍事的分野などの従来の「境界」を跨ぐ、または「境界」をかき消すように、複雑かつ広範囲にわたる問題が表面化しています。
これらのリスクを前に、どの国も一国で自国の安全を確保することはできません。そのような世界だからこそ、国境を越えた協力を進め、予測不可能な世界に対処する必要があります。
インド太平洋地域におけるリスク
本日私たちが集うインド太平洋地域の安全保障環境は、決して楽観視することはできません。将来、国際秩序の根幹を揺るがすような事態がインド太平洋地域において生じる可能性は排除できません。
この地域には、他の地域同様、厳しい課題が存在します。透明性を欠いた軍備増強、重要インフラへのサイバー攻撃、偽情報や悪意あるナラティブ(編注:作り話の意)の拡散。平時と有事の境目はますます曖昧なものとなっています。また、経済的威圧や、不透明・不公正な開発金融を通じた影響力の拡大も懸念事項です。さらに、海中でも、例えば海底ケーブルに関して、意図的な損壊等のリスクが顕在化しています。
こうした課題は、武力を交えた紛争で解決されるべきではありません。
インド太平洋地域における紛争は、どの国にとっても大きなコストを伴います。インド洋と太平洋が交わるこの地域の繁栄は、世界経済の成長と直結しています。この地域における紛争は、人命の喪失はもちろん、サプライチェーン(編注:供給網の意)の混乱をはじめとする様々な影響をグローバルにもたらします。
インド太平洋地域の平和と安定の維持は、国際社会全体に関わる共通の利益です。そして、日本はそのために先頭に立って尽力します。我々は、各国とのネットワークを活かし、法の支配に基づく自由で開かれた国際秩序の維持・強化をリードする覚悟です。
状況把握能力の向上等を通じた地域の抑止力・対処力向上
日本は2022年に策定された国家安全保障戦略・国家防衛戦略・防衛力整備計画に基づき、岸田総理のリーダーシップのもと、防衛力の抜本的強化を実行しています。
我が国の防衛は3つのアプローチからなります。第一に、我が国自身の防衛体制の強化。第二のアプローチは、我が国の安全保障の基軸かつ、地域の平和と安定の基盤である日米同盟による抑止力・対処力。第三は同志国等との連携です。
このようなアプローチのもと、我が国は、従来の防衛力を抜本的に強化することに加えて、侵攻を抑止する上での鍵となる反撃能力の保有に取り組んでまいります。また、サイバー空間におけるリスクが深刻化していることに鑑み、防衛省・自衛隊としてサイバー防衛能力を高め、サイバー安全保障分野に係る政府全体の取組に積極的に貢献していきます。さらに、米国との間では、4月の日米首脳共同声明で日米防衛産業協力・取得・維持整備定期協議(DICAS)の設立が盛り込まれるなど、様々な取組も進んでいます。同志国等との間では、二国間の連携強化に加えて、日米豪比といったミニラテラル協力(編注:少数国間協力の意)や、NATO及び欧州連合(EU)との連携強化等も行っています。日本・英国・イタリアで次期戦闘機を開発するグローバル戦闘航空プログラム(GCAP)、これまでに2基が納入されたフィリピンへの警戒管制レーダー移転といった、防衛装備・技術協力も引き続き進めてまいります。
我が国が行う防衛力の強化や、同盟国・同志国等との連携強化は、地域の緊張を高めるものではありません。我が国の意図は、その対極にあります。力による一方的な現状変更を抑止し、望ましい安全保障環境を創る。国際法違反の侵略や、武力による威嚇を受けている国を支援する。こうした目的に向け、日本は同盟国・同志国と連携し、より大きな責任を果たしてまいります。
抑止力をさらに強固なものにするために欠かせないのが、情報収集・警戒監視・偵察(ISR)です。近年、生成AIなどの最新技術を活用し、SNSはじめ様々な媒体を通じて、日本や同盟国・同志国の信頼を貶めようとする外国勢力による偽情報や悪意あるナラティブが日常的に流布しています。また、法執行機関による現状変更の試みなど、平時と有事の境目が一層曖昧になってきており、このような状況下において、何が起きているかを正確に把握することはきわめて重要です。日本はISRを重視し、我が国周辺の海空域で隙のない状況把握を常続的に実施しています。
加えて、複雑化する安全保障環境の中においては、先端技術を最大限に活用し能力を高めていくことが重要です。我が国は無人アセット(編注:戦術資産の意)による警戒監視、AIを用いた情報の分析や予測、意思決定の支援など、先進的な技術の取り込みを進めてまいります。
状況把握能力の向上は、日本だけで行うものではありません。同盟国・同志国等と協力し、地域全体で能力の向上に日々取り組んでいます。
日米韓の間では、北朝鮮のミサイル警戒データのリアルタイム共有が行われています。日米豪印の共同による海洋状況把握のためのインド太平洋パートナーシップ(IPMDA)を通じて、海洋状況把握(MDA)のデータを地域の国々と共有し、海における法の支配を強化します。また、「政府安全保障能力強化支援」(OSA)や防衛装備移転を活かし、海と空の両面で同志国の警戒監視能力の向上を支えます。
各国が海・空をモニターし、情報を共有し、非常時には迅速に対応できるようにする。状況把握能力の向上は地域の平和と安定に欠かせない要素であり、日本はそのための支援を続けていきます。
地域を横断する連携強化
同志国等との協力は、今後さらに射程を広げる必要があります。ロシアによるウクライナ侵略や、ガザ地区の情勢、紅海・アデン湾での民間船舶への攻撃は、地域内外を問わない連携の重要性を浮き彫りにしました。例えば、日本と、本日同席するリトアニアをはじめとする欧州との間では、地域を跨ぎ具体的な協力が進んでいます。欧州各国とのサイバーや女性・平和・安全保障(WPS)に関する協力、共同訓練はその好例です。
もちろん、インド太平洋地域内の連携にも引き続きコミット(編注:関与の意)します。ASEANとの間では、彼らの中心性・一体性・強靭性に資するべく、緊密な協力を続けていきます。太平洋島嶼国との間では、中心性・一体性・オーナーシップを尊重し、「2050年戦略」実現に向けた協力を進めてまいります。さらに、我が国は日本・ASEAN・太平洋島嶼国の連携を支持し、地域諸国の緊密なパートナーであり続けます。
一方で、日本と、本日ご一緒しているカタールを含む中東との安全保障協力は、まだまだポテンシャル(編注:潜在能力の意)を発揮する余地があります。我々は、中東とも防衛協力・交流を推進してまいります。
日本は、繋がる世界の中で地域横断的な課題に対応し、インド太平洋地域の、さらには世界の平和と安定を守るため、欧州からインド太平洋地域まで、同じ目標を持つ仲間たちと共に働き、「自由で開かれたインド太平洋」の実現を目指してまいります。
結び
歴史の転換点のただなかで、我々が立ち向かうべき課題は、更に大きなものとなっています。これからの世界が、平和と繁栄を享受できるか、より不安定なものとなるか。今こそが正念場です。
ご列席の皆様、未来は我々の手で作るものです。国際秩序の命運は、我々の選択に懸かっています。だからこそ、日本は力ではなく法の支配を、分断ではなく連帯を、威圧ではなく協調を選びます。
そして、我々が直面する課題は一国で解決できるものではありません。
共に決断し、共に取り組みましょう。
ご清聴いただき、ありがとうございました。
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