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《連載》なぜ北欧はいま安全保障の教科書なのか 〜第3回 北欧の防衛産業 その①

  • 特集

2026-6-1 11:55

北欧5か国の総人口は、日本の約4分の1。それでいて、スウェーデンやフィンランドは世界が認める軍事強国。彼らが培ってきたリアリズムの防衛は、人口減少や防衛産業基盤の維持、周辺国の覇権主義といった課題を抱える我々に、今後へのヒントを与えてくれる。宇梶 慧 _UKAJI Akira

サーブ社のグリペン戦闘機製造ライン 写真:Saab

「国家を守る技術」は総合技術、軍事から民生に広がって社会をつくる

 日本で「防衛産業」と聞くと、多くの人はまず、戦闘機や戦車というような「兵器そのもの」、あるいは紛争地域で銃弾やミサイルを売りさばくような「武器商人」をイメージするのではないかと思う。しかし実際の防衛産業とは、もっと広大で重厚であり、そして国家そのものに深く関わる産業である。

 そもそも防衛産業とは何か。それは単に兵器を製造する産業ではない。需品と呼ばれる被服や糧食等の日常的な資材から、車両、航空機、艦船、ミサイル等の正面装備品と呼称されるいわゆる兵器類、それのみならず通信機器や人工衛星、サイバー技術やAI(人工知能)等の、極端に言えば、「国家が生存するために必要な技術基盤全体」を包含する、極めて広範な領域を対象とする産業である。これは自動車産業のように、すそ野は広大であるにせよ、突き詰めれば自動車という製品とその関連分野に収斂していく産業領域とはまったく異質の構造を有している。つまり防衛産業とは、複数の産業領域を内包する、総合技術産業なのである。

 その技術の多くは軍事だけで閉じたものではない。むしろ歴史を振り返れば、現代社会を支えている重要技術のうち、少なからぬ部分は防衛・安全保障領域から生まれている。インターネットは米国防総省のARPANET(アーパネット)が原型であり、GPSも軍事技術だった。電子レンジもレーダー研究から派生した技術であるし、鉄道や航空技術もまた、国家安全保障と不可分の関係の中で発展してきた。日本においても、戦闘機用に開発されたレーダー技術がその後車載衝突防止レーダーの開発に活用されたり、チタン加工技術が医療用チタンボルトに活かされている話は有名である。加えて、近年で言えば、AI、ドローン、宇宙技術、量子技術はまさにその典型だ。軍事と民生の境界は、ますます曖昧になっている。

 ここで昨今重要になってきているのが、「デュアルユース」という考え方である。つまり、一つの技術が軍事にも民生にも応用されるという発想だ。この思想は北欧において特に強い。たとえばアルフレッド・ノーベルが発明したダイナマイトは、元々岩盤の多い北欧における鉱山開発やインフラ建設を推進する主旨で開発されたが、その後の軍事分野における活用については改めて説明する必要もない。或いはバイキングの時代から北欧が培ってきた造船技術や、スウェーデンが誇る「スウェーデン鋼」に代表される鍛造や冶金の技術も、民生と軍事両方の分野を支える重要な技術となっている。つまり北欧では古くから、「国家を守る技術」と「社会を発展させる技術」が分離されずに考えられてきたのである。

骨折の治療に使用される医療用チタンプレート(左肩用)。軽く、強く、錆びにくいチタンの加工技術は、主に戦闘機の開発を通して磨かれてきた。金属アレルギーを起こしにくいというメリットもあり、医療の現場で重用されている 写真:編集部

戦後日本は朝鮮戦争で復興したが、防衛産業の目的は社会の安全

 そういったことにも関わらず、現代の日本においては防衛産業における負の側面、いわゆる兵器の拡散や使用に際する人道的な問題ばかりが注目を集め、人によっては「死の商人」と呼び忌避するようなこともまだまだ多くみられる。しかし、北欧のみならず日本においても「防衛産業」や関連する技術が国家の発展を支え、歴史的にも社会の成長に少なからず貢献してきた点については、改めて冷静で論理的な評価が必要であろう。実際、日本経済も朝鮮戦争特需によって戦後の深刻な不況を脱し、工業基盤を再活性化させ、復興の基盤を築いた歴史を持つ。

 無論、だからと言って「防衛産業」が本質的に肯定されるべきものかという点については、そこに長年従事する筆者でさえも、健全な疑問を呈するべきと考えている。本来、防衛産業は一般的な意味での「成長産業」ではないし、成長産業と目されるべきでもないだろう。自動車やスマートフォンのように、消費者市場を拡大して利益を追求する構造とは根本的に異なる。顧客は基本的に政府や軍であり、需要は国家安全保障環境によって大きく左右される。そして本来、社会不安の高まりに応じて儲かるような産業であってはならない。

 防衛産業とは、あくまでも人々と社会の安全、平和を守るためのものであり続けるべきだ。私企業ゆえ成長や発展という命題は避けられない部分でもあるが、少なくとも筆者は常にそう心に刻んで事業を推進している。

近年活況を呈する防衛産業見本市(写真はDSEI 2025)。その背景には、世界的な安全保障環境の著しい悪化がある 写真:編集部

スウェーデンの防衛企業Saab

 この視点に立つと、北欧、とりわけスウェーデンにおける防衛産業の意味が見えてくる。スウェーデンは長らく軍事的非同盟を掲げてきた。しかしその「中立」は、単なる理想主義的平和主義ではなく、むしろその本質は、「有事に他国へ依存できない」という極めて現実主義的な認識にあった。

 1930年代後半、ヨーロッパは急速に戦争へ向かっていた。ドイツの再軍備、スペイン内戦、各国の総力戦準備、そうした中で、各国は急速に「自国中心主義」へ傾いていく。軍用機や兵器は国家戦略物資として囲い込まれ、輸出制限が強化された。当時のスウェーデン空軍は、多くを海外製航空機に依存していた。しかし戦争の足音が近づくにつれ、「必要な時に兵器を買えない」という現実が見え始める。つまり、安全保障の根幹を他国に依存すること自体が、国家にとってのチョークポイントになり得ることを悟ったのである。

 その危機感の中で、1937年に設立されたのがSvenska Aeroplan Aktiebolaget(和訳:スウェーデン航空機株式会社)、後のSaab(サーブ)だった。

1937年に設立されたSaabが最初に開発した航空機、Saab 17。1940年に進空し、偵察や爆撃に使用された 写真:Saab

 Saabは創立以来変わらず私企業であり、国の管理下に置かれたことは一度もないが、Saabの誕生は単なる一民間企業の設立ではない。それは、「国家として独立した防衛能力を維持する」という安全保障上の意思決定そのものだった。つまりスウェーデンはこの時点で既に、「防衛産業基盤は国家主権の一部である」という認識に到達していたのである。そしてSaabはその後、単なる航空機メーカーではなく、スウェーデンの安全保障戦略そのものを支える存在へ成長していく。

 冷戦期、スウェーデンは「重武装中立」と呼ばれる独特の安全保障政策を採用した。中立を維持するためには、敵による侵略コストを極めて高くし侵略の意図を挫かなければならない。その結果、スウェーデンは戦闘機、潜水艦、レーダー、電子戦、指揮統制システムなど、幅広い独自防衛技術を自国で開発、維持する方向へ進む。

 ここで明らかにされているのは、防衛産業とは単に武器を作ることではないということだ。それは、「国家がどう生き残るか」という問いに対する、技術的な回答なのである。若干不遜な物言いで恐縮だが、端的に言い換えれば、安全保障の文脈においてスウェーデンはSaabであるし、Saabはスウェーデンなのだ。

Saabが製造する代表的な対戦車砲カールグスタフM4 写真:Saab
スウェーデンなど数か国の空を守る戦闘機グリペン。写真はブラジル空軍機 写真:Saab
Saabが設計、製造、近代化改修したゴットランド級潜水艦「ハランド」 写真:SAAB Kockums AB

北欧諸国が実施してきた、装備品輸出という安全保障戦略

 そして、この北欧型防衛産業を語る上で避けて通れないのが、「輸出」というテーマである。なぜ人口1,000万人に満たないスウェーデンが、戦闘機、早期警戒管制機、潜水艦、水上艦、各種レーダーに火砲弾薬、装甲車両等を全て自前で開発し装備化することができたのか。それは、極めて早い段階から企業が防衛装備品を他国に輸出し、海外市場で得た資金を活用して製品開発を進めたからである。そして、またスウェーデンという国家も、自国の装備品を様々な国に輸出することで輸出先の国家と人々の安全の確保に貢献しつつ、特に欧州域内の安全保障環境における、自国の戦略的プレゼンスを向上させてきた。

 日本では、防衛装備品輸出というと、しばしば「武器輸出」という言葉だけが独り歩きする。しかし実際には、防衛装備品の輸出とは単なる商業活動ではない。これもまた、国家安全保障戦略そのものの一部である。

 現代において、自国単独で安全保障を完結できる国家はほとんど存在しない。特に日本や北欧諸国のように、潜在的に数的優位を持つ大国と向き合う国家にとって、同盟国・同志国との連携は不可欠である。しかも現在、防衛装備は急速に高価格化・複雑化している。すべてを一国単独で開発・維持することは、もはや現実的ではない。だからこそ、価値観や戦略を共有する国家同士が、技術・資金・生産を分担しながら安全保障体制を構築していく必要がある。これはある意味で、国家の防衛戦略を個別的自衛権という「点」から、集団的自衛権という「面」で捉えなおす発想に近い。

 そして、これこそ北欧諸国が長年実践してきたことである。北欧域内においては、スウェーデンが主に海空ドメイン(領域)及びサーベイランス(監視)に係る装備品開発を主導しつつ、フィンランドが陸ドメインの装備品、そしてノルウェーが弾薬を担当するような構造がある。そして、それぞれが欧州域内を始め世界各国に防衛装備品を提供することで、今度は世界というシアターの中における北欧の戦略的重要性を高め、自国のプレゼンスを維持向上させてきた。

フィンランドのパトリア社が製造するPatria AMV。写真はクロアチア陸軍。陸自では改良型AMV XPを「装輪装甲車(人員輸送型)AMV」として採用した 写真:US Army
ノルウェーのコングスベルク社と米国のレイセオン社が共同開発した地対空ミサイルNASAMS。近年、台湾が導入を決めた 写真:Royal Norwegian Navy

 もちろん、防衛装備品輸出を巡る倫理的議論は存在する。いわゆる武器の輸出が紛争を助長するのではないか、という懸念は決して軽視できない。しかし同時に、現在の安全保障環境は「武器輸出そのものを否定する」という前提を、残念ながらもはや許さなくなっていることも確かだろう。ウクライナ戦争は、その現実を極めて明確に示した。もし西側諸国による装備支援が存在しなければ、ウクライナは国家としての存続そのものが危機に瀕していた可能性が高い。

 では、もし今後日本の同志国が同様の事態になった時、日本はどうするべきなのだろうか。或いは、今後高騰し続けるであろう防衛装備品の取得を、ただでさえ人口減少局面にある日本が、未来永劫、膨大な税金を投じて単独で賄っていくべきなのだろうか。それらの問いに対して北欧が示しているのは、国家・産業・技術・外交をどのように結びつけるかという、極めて洗練された小国の戦略思想なのである。

次回予告

第4回 北欧の防衛産業 その②
域内企業の紹介や製品の機能性能、パートナーシップなど。7月初旬の公開予定です。おたのしみに!

宇梶 慧_UKAJI Akira

うかじ・あきら。サーブ・テクノロジーズ・ジャパン株式会社 カントリーマネージャー兼代表取締役。慶應義塾大学法学部卒。住商エアロシステム、デロイトトーマツコンサルティング、BAE Systemsを経て、一貫して航空宇宙・防衛分野における戦略立案および事業開発に従事。2022年Liberawareに執行役員兼事業部長としてジョインし、ドローン技術を活用したインフラDXをリード。2024年Saab入社、2025年より現職。日本市場における事業基盤の強化と事業拡大を指揮している。

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