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《ニュース解説》陸上自衛隊の高機動車 トンネル内での正面衝突事故を考える

  • ニュース解説

2024-7-10 08:08

2024年6月25日、北海道むかわ町のトンネル内で、陸上自衛隊のピックアップトラック(高機動車)が回送中のバスに正面衝突する事故が発生しました。事故原因はまだ発表されていませんが、発表や報道から何が読み取れるかのか、陸上自衛隊で整備・補給に携わっていた影本賢治さんにうかがいました。影本賢治 KAGEMOTO Kenji

 2024年6月25日、帯広(おびひろ)駐屯地に所属する第5旅団第4普通科連隊の高機動車が、北海道むかわ町穂別(ほべつ)のモトツトンネル内で民間のバスと正面衝突する事故が発生し、助手席に乗車していた隊員1名(1等陸曹)が死亡しました。また、他の隊員6名とバスの運転手1名が重軽傷を負いました。バスに乗客はありませんでした。
 事故の原因については何も発表されていませんが、報道された写真では、高機動車が中央線を逸脱してバスに真正面から衝突したように見えます。この痛ましい事故がどのように発生したのか、事故の現場や車両、自衛隊における運行管理の状況などについて、情報を整理してみました。

事故の発生現場

長いトンネル内を走行

 事故が発生したモトツトンネルは、国道274号線のむかわ町 - 占冠村(しむかっぷむら)間にあるモトツ・福山・穂高の一連のトンネルのうち最も札幌市側に位置しています。これら3つのトンネルは、ひと続きのトンネルのように接近しており、その総延長は約3,754メートルにおよびます。

 事故車は、やや急な左カーブを通過した後、最も札幌市側にあるモトツトンネル(長さ:924メートル)に進入しました。事故が発生したのは、トンネルの入口から約380メートルの場所だと報じられています。この区間の制限速度である時速50キロメートルで計算すると、トンネルの入口からそこまでにかかる時間は約27秒です。トンネルに進入した直後とはいえず、明るさや視界の変化が事故の発生に影響したとは思えません。

 3つのトンネルの車道幅員は6.5メートルで、これは国内のトンネルの標準的な幅員(設計速度毎時60キロメートルの場合)と同じです。トンネル内の高さは4.5メートルで高機動車(全高:2.4メートル)や1tトレーラー(全高:2.1メートル)の走行に支障をきたす可能性はありません。また、トンネル内の道路は直線で勾配もないため、ハンドル操作などの運転ミスは起こりにくいと思われます。

北恵庭駐屯地から帯広駐屯地へ、トンネルを通るルート。 地図:編集部
事故現場はモトツトンネルの入口から約380メートルの地点。 地図:編集部

考えにくい気象の影響

 事故発生時(2024年6月24日12:40頃)の事故現場(北海道むかわ町)の気象は、弱い雨(降水量毎時0.5ミリ)、気温19.5℃、やや強い南東の風(風速毎秒7.3メートル)でした。ただし、トンネル内での事故ですので、これらによる影響はなかったと考えてよいでしょう。

高機動車の特徴

十分とは言えない安全装備

 高機動車は、普通科部隊の小銃班の輸送や火砲やトレーラーのけん引など、多用途で使用される輸送車両です。様々な派生車両もありますが、今回の事故は基本型の車両で発生したと考えられます。
 4輪駆動のこの車両は、強力なエンジン、ストロークの大きなサスペンション、タイヤ空気圧の調節装置などを備えており、山岳地帯や未舗装道路での走行に適しています。後輪操舵装置も付いているため、車体の大きさの割には最小回転半径も小さくなっています。操縦手を含めて最大10名が乗車可能ですが、事故発生時には7名が乗車していました。
 車両の後端にはピントルフックを装備しており、事故発生時にも1tトレーラーをけん引していました。

 高機動車の幅は約2.2メートルで、一般的な乗用車の幅約1.7メートルから1.8メートルに比べて広いため、狭いトンネル内の運転はやや難しいかもしれません。また、後席は乗り降りが容易なように横向きになっているため、衝突による乗員への影響が大きくなりがちです。けん引を行っている場合は総重量が増加するため、衝突時の衝撃がさらに大きくなります。

高機動車の寸法 出典:陸上自衛隊仕様書

 現在製造されている高機動車の前席には3点式シートベルトが装備されていますが、年式の古い車両には2点式しか装備されていません。また、後席には2点式シートベルトしか装備されておらず、それも2名ごとに1本という心もとない状態です。もちろん、エアバッグは装備されていません。
 車体の中央部および後端には、車体の剛性を増すためのロールバーが装備されていますが、屋根は取り外しが可能なホロです。一般の車両に比べると、衝突時の乗員の保護は十分とは言えないでしょう。

車体の全幅は222センチメートルあり、一般の乗用車と比べて広い。
後方から見た車内。運転席と助手席の間隔が広い。後部座席は横向き。
運転席にエアバッグは装備されていない。シフトはオートマチック。消火器も確認できる。
助手席前のダッシュボードにもエアバッグはない。悪路走行に備えてグリップが装着されている。
助手席シートベルトは2点式。年式の新しい車両には3点式が装備されている。
後部座席のシートベルトは2点式。しかも2名で1本しかない。

特別に事故が多い車両ではない

 ネット上で検索すると、陸上自衛隊の高機動車には、2008年から現在までの間に今回の事故を含め少なくとも9件の事故が発生しています(そのうち3件は死亡事故)。
 特に2008年の事故では、走行中に右後輪がバーストするという車両の不具合により、高速道路から一般道に転落し、隊員1名が死亡しています。ただし、高機動車は全国の幅広い部隊に数千台が配備されていることを考慮すれば、特別に事故が多い車両ということではなさそうです。

運行管理

気になる過労の影響

 民間と自衛隊のいずれにおいても、車両等の使用者は安全運転管理者を指定しなければならず(道路交通法第74条の3第1項)、安全運転管理者は運転者の過労や酒気帯びの有無などを点呼により確認することになっています(道路交通法施行規則第9条の10)。陸上自衛隊では、車両の運行を命ずる中隊長等が安全運転管理者としてこれらの確認を行い、その結果を記録することになっています(陸上自衛隊の車両の運行等に関する達第19条)。
 今回の高機動車の事故は、北恵庭(きたえにわ)駐屯地で訓練を終えた部隊が帯広駐屯地に戻る途中で発生したと報じられています。出発の際に、訓練による過労の有無などの確認が確実に行われていたのかどうかが気になるところです。

将来に向けた安全対策

 事故が発生した高機動車を含む陸上自衛隊の車両は、迅速な乗り降りや車内からの射撃、航空機への搭載などが可能でなければなりません。このため、民間の車両と同一レベルの安全性を確保するのは困難です。
 しかし、隊員の安全性の確保は平時だけではなく有事においても重要な課題であり、エアバックなどの安全装備の充実を検討すべきかもしれません。
 また、民間のトラックやバスなどの運転手については運行時間の制限などの労働条件の改善が図られる中、自衛隊の車両操縦手の勤務やその管理要領についても何らかの見直しが必要なのかもしれません。

富士総合火力演習での高機動車のワンシーン 写真:鈴崎利治
影本賢治KAGEMOTO Kenji

昭和37(1962)年北海道旭川市生まれの元陸上自衛官。アメリカ陸軍や関連団体が発信する航空関連の様々な情報を翻訳掲載するウェブサイト『AVIATION ASSETS』の管理人。在職中は主に航空機の補給整備に関する業務に携わった。翻訳書に『ドリーム・マシーン』『イーグル・クロー作戦』。

https://aviation-assets.info/

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