《ニュース解説》AI活用に向けて動き始めた防衛省 いちばんの課題は人材確保?
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2024-7-29 00:00
7月はじめ、防衛省は今後のAI(人工知能)活用に向け、2つの文書を公表しました。日本でも現実になろうとしている “防衛におけるAI活用” について、ITと軍事に詳しいテクニカル・ライターの井上孝司氏にうかがいました。
──今年7月2日に、防衛省は「防衛省AI活用推進基本方針」と「防衛省サイバー人材総合戦略の策定について」という2つの文書を公表しました。どんな内容なのでしょうか?
井上: 「日本の国の護りを実現するためにAIを活用していきますよ。そのために、こういう取り組みをしていきますよ」という話をまとめたものです。
今回はニュース解説ということで、AI活用の背景事情や実現のための課題、そのために必要な人材の確保、といったことについてお話ししたいと思います。
そもそもAIとはどんなものなのか
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井上: 「AI」とは「Artificial Intelligence」の略で、日本語では「人工知能」と訳されます。ただし、人間の頭脳とまったく同じことができるわけではありません。また、一般的なコンピューター・プログラムとも異なります。
──AIと一般的なコンピュータ・プログラムは違うのですね。
井上: コンピュータ・プログラムでは、最初に「こういう流れで、こういう処理をする。条件に合わせて処理を使い分ける」といった動作を決めて、その通りに動作するように指示(プログラム)を記述します。だから、コンピュータは記述したプログラム通りの処理を忠実に実行します。
それに対してAIの特徴は、「学習に基づく推論」にあります。まず、大量の「学習データ」を用意して、AIに学習させる(トレーニング)。するとAIは、その学習結果に基づいて、さまざまな推論を働かせる。
動作しながら次々に新しいデータを取り込んで、動作を変えていくこともあります。
──「学習に基づく推論」ですか。
井上: たとえば、クルマを運転するときを考えてみてください。ドライバーは、実際に路上に出て、さまざまな状況、さまざまな場面を経験することで経験を蓄積していきます。すると「こういう場面は要注意だな」「こういう場面では、こうする方がいいな」という判断ができるようになります。これがまさに「学習に基づく推論」の典型といえます。
──それならば、AIでなく、人間でも同じ仕事ができるのではないでしょうか。
井上: まさにその通りで、人間は学習したり、経験を積み上げたりすることで、さまざまな仕事をできるようになります。ただし、そのプロセスには時間がかかる上に、個人の能力や努力に依存する部分も少なくないんです。
そこで、「これまで、人間が手間と時間をかけて学習した上で行っていた仕事を、AIに肩代わりしてもらうことはできないか」というのが、目下の趨勢となっている考え方であり、さらに「少子高齢化や募集難に起因する人材確保の困難を、AIで補完できないか」という話になわけです。
また、AIが人間より速く処理を行えるのであれば、人間による判断や意思決定をAIに支援させる使い方も期待できます。
AIは防衛のどんな分野で使えそうか
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──防衛省は具体的に、どんな分野でAIを使ってみようとしているのでしょうか?
井上: 現時点で挙げられているのは、
「目標の探知・識別」
「情報の収集・分析」
「指揮統制」
「後方支援業務」
「無人アセット」
「サイバーセキュリティ」
「事務処理作業の効率化」
の7分野です。
ひとつづつ説明していきしょう。
目標の探知・識別
「目標の探知・識別」というのは、たとえば赤外線センサーの映像を見て「映っているのは何か」「それは敵か味方か」といった判断をする作業です。あまり鮮明ではない映像から、そうした情報を読み取るには熟練と経験を要します。
それをAIに肩代わりさせようというのが「目標の探知・識別」です。海外でも、仏タレス社の「デジタル・クルー」みたいな事例があります。
情報の収集・分析
情報分析のひとつの形として、与えられた情報の中から対象分野に関するデータを集めて、そこからなにかしらの傾向やパターンを読み取る、というものがあります。これは、まさにAIが得意とするところです。
また、偵察衛星の写真を見比べて、「どんな変化が生じたか」を見つけ出させるような使い方も考えられます。
指揮統制
指揮官は、彼我の位置関係や動向、補給や損耗の状況など、さまざまな情報を取り込んだ上で、指揮下の部隊や武器をどのように動かして任務を達成するかを判断します。
その際、過去に行われたさまざまな作戦行動のデータをAIに学習させることで、「こういう風に部隊を動かしたら、うまくいくのではないか」と教えてもらえるかも知れない。
また、「飛来するこの脅威は、こういう動きをしているから、その正体は○○ではないか」と推測する使い方も考えられます。
後方支援業務
たとえば装備品の動作状況を監視して、不具合の予兆を把握したら、先回りする形で整備や部品交換を実施する使い方ができます。また、どこにどんな物資をどれだけ補給すれば良いかを、現場からの請求を待たず、先回りして推測して、物資交付の指示を飛ばす使い方も考えられます。
無人アセット※
陸・海・空の各種無人ヴィークルは、事前にプログラムした通りの経路を自動的にたどるか、人間が遠隔操作する形で行動するのが一般的です。
偵察・監視の任務ならそれでもいいのですが、たとえば戦闘用無人機に危険な任務を引き受けさせようとすると、より多くのシーンで「自分で状況を認識して判断・決心する」ことが求められます。
それを事前にプログラムするのは無理な相談ですが、戦闘機パイロットの経験や訓練をAIに教え込ませれば解決できるのではないか、と考えられています。
※アセット:直訳は、手段としての「人」「もの」「資産」のこと。ここでは無人機や無人車両のこと。
サイバーセキュリティ
サイバー防衛分野における重要な課題は、誰かが攻撃を仕掛けてきたときに、それをいち早く察知して対処行動をとることです。すると「(コンピュータなどに)こういう挙動が発生しているので、攻撃を受けている可能性がある」という判断を、どれだけ迅速にできるかが問題になります。
それをAIに引き受けさせようという話です。
ただし、これらに限定されるものではないともしています。
AIを活用する際の課題とは
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──これから防衛省がAIを活用していこうとした際、考えられる課題にはどのようなものがありますか?
井上: AIは「学習に基づく推論」を行うものなので、学習に使うデータの良し悪しが問題になります。データの量が少なかったり、内容に偏りがあったりすると、AIは間違った学習をしてしまうのです。
間違った学習から適切な判断は生まれません。質の良いデータ・セットを揃える努力が求められます。
また、もしも領域横断的な意思決定にAIを関わらせることになれば、陸・海・空にまたがる学習や判断が必要になります。そこで問題になるのが「データフォーマットの標準化」です。学習に使用するデータの形式がバラバラでは仕事にならないので、すべての戦闘空間に関わる学習データを統一した書式で用意する必要があります。
──AIを使う側にも求められることはあるのでしょうか?
井上: AIは完全無欠ではないという前提の下、AIに意図した通りの仕事をさせるためのノウハウを身につける必要があります。
昨今話題の生成AIでも、AIに対する指示(プロンプト)のちょっとした違いで、出力結果が大きく変化してしまい、なかなか意図した通りにならないという話が聞かれます。すると、AIにどんな指示を出せば意図した通りの結果を得られるかを、使う側は模索していかなければならない。これは、生成AI以外の分野にもいえることなのです。
──小説や映画では、AIが “暴走” する場面が描かれることがあります。実際にも起こり得るのでしょうか。
井上: その可能性は否定しがたいです。だから、人間が最後のストッパーとして機能する必要があります。
また、AIが行う仕事に対して、誰が責任を負うのかを明確にしなければなりません。そして、「AIに任せても良い仕事」「AIには任せられない仕事」の使い分けを明確にする必要もあります。
──防衛省では、自衛官の年齢制限を緩和したり、処遇改善をアピールして人材確保により一層力を入れています。今後、AIを活用するための人材は確保していけるでしょうか?
井上: 実はそれが、重要かつ厄介な課題です。ことにIT分野は民間でも多くの仕事があるので、そうした中で優秀な人材を集めるのは容易ではないと考えられます。
防衛省・自衛隊は「公務員」なので、待遇面で「公務員の待遇規定」に縛られて、柔軟に対応するのは難しくなりがちですね。むしろ、外部の企業や研究機関などと連携・協力しながら問題解決を図る方が現実的なのではないかと思います。
なお、今回公表された文書は「基本方針」であり、「こういう考え方の下でAIの導入・活用を図っていく」という方向性を示したものです。そのため、「いついつまでに、この分野でAIを導入します」「AIを活用する、こんな装備品を配備します」といった、分かりやすい具体的な話は含まれていません。
しかし、最初にこうした基本方針を定めることは重要です。野放図に、無軌道にAIの導入や活用を進めてしまうと、収拾がつかない結果になる事態も懸念されるからです。
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