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《ニュース解説》10式戦車の能力向上に向けた防衛装備庁の動き

  • ニュース解説

2024-8-13 10:10

今年6月末、防衛装備庁から10式戦車の能力向上に関する文書が公開され、陸自主力戦車の強化プロジェクトがスタートしました。この先どのように進んでいくのか、元陸上自衛官の影本賢治氏に解説していただきました。影本賢治 KAGEMOTO Kenji

陸上自衛隊の10式戦車 写真:鈴崎利治

 2024年6月28日、防衛装備庁から「10式戦車の能力向上に関する情報提供企業の募集について」と題する文書が公開されました。この件に関して情報提供を行う意思のある日本国内の企業に対し、7月22日までに企業名や連絡先などを記載した「情報提供意思表明書」の提出を求めたものです。
 ここでは、この募集が必要となった背景などについて考えてみたいと思います。

情報提供企業を募るところから始まる

 防衛省において、装備品取得のための情報収集はこちらの手順で進められます。

①情報提供企業の募集(RFT:Request For Tender)
 情報提供する意思のある企業を募集
  ↓
②情報提供依頼(RFI:Request For Information)
 意思を表明した企業に情報提供を依頼
  ↓
③代替案分析
 企業から得られた情報に基づき、複数の代替案から最も費用対効果の高いものを選択

 6月末に告知のあった「情報提供企業の募集」(RFT)は、「情報提供依頼」(RFI)に先立って行われる手続きです。将来の装備品に関する情報収集を公正にかつ幅広く行うことにより、効率的に運用・維持できる装備品の取得を可能にすることを目的としています。※1

10年前は最新鋭だった10式戦車

諸外国の主力戦車に負けない能力

 10式(ひとまるしき)戦車は、2012年から本格運用が始まった、陸上自衛隊で最も新しい戦車です。
 国産の120mm滑腔砲やネットワーク戦闘が可能なシステムなどによる攻撃力、複数の素材を組み合わせた複合装甲などによる防護力、および1200馬力ディーゼルエンジンや無段階自動変速機などによる機動性を兼ね備え、諸外国の主力戦車にひけをとらない高い能力を持っています。

120mm滑腔砲で射撃する10式戦車 写真:鈴崎利治

求められる対ドローン能力

 ただし、近年の日本を取り巻く国際情勢や、ウクライナ戦争におけるドローン攻撃による戦車の被害を考慮すると、その能力は決して十分ではありません。
 特に砲塔上面の付加装甲や、銃架を遠隔操作するリモートウエポンステーション、飛来物を着弾前に無力化するアクティブ防護装置などを追加し、その防護力を強化することが必要であると言われています。

車内で銃架を操作できるリモートウエポンシステム(白○)を搭載したアメリカ陸軍のM1A2戦車 写真:アメリカ陸軍
飛来物を迎撃するアクティブ防護装置(白○)を搭載したイスラエル軍のメルカバ戦車 写真:イスラエル国防軍

日本における戦車の開発と製造

三菱重工業への技術力の集中

 陸上自衛隊の戦車は、初めての国産戦車である61式(ろくいちしき)戦車から現在装備中の10式戦車まで、すべて三菱重工業が主体となって製造してきました。
 このため、日本における戦車の製造技術は、この1社に集中しています。このことは、特殊な技術を効率的に蓄積させ、将来に向けた技術の獲得を促し、少ない生産台数でも高い能力を維持することに貢献してきました。
 10式戦車の場合、三菱重工業は量産開始の20年近く前からその研究を開始していたとされています。次の世代の戦車についても、すでに研究が進められているはずです。

陸上自衛隊が1960年代から2000年まで運用した61式戦車。 写真:編集部
61式戦車に続く主力戦車、74式戦車。2024年3月まで運用。 写真:鈴崎利治
教育部隊と北海道の機甲部隊に集中配備されている90式戦車。 写真:鈴崎利治

AIの発達による時代の変化

 しかし、これからの戦車には、これまでとは別次元のまったく新しい技術の活用が求められています。
 今年7月には「防衛省AI活用推進基本方針」が策定され、目標の探知・識別、情報の収集・分析、指揮統制など、戦車に関わる分野にもAIを活用することが示されました※2。これまでのように1社だけで戦車の製造を担っていくのは、難しい時代になろうとしています。

陸自装備品の改修

標準化から最新化へ

 戦車をはじめとする装備品には、その種類や仕様を統一して単純化することにより、高い互換性と共通性を保つことが求められます。これが「標準化」です。同一仕様の装備品を長期維持し、運用、教育・訓練や補給・整備を画一化できるという利点があります。
 しかし、技術の発達が加速度的に進む中で、変化へのより迅速かつ柔軟な対応が求められるようになってきました。それが「最新化」です。頻繁な仕様の変更をおこうなうことで、最新技術を迅速に適用できます。2007年に行われた装備品の制式化手続きの廃止※3は、最新化への対応を容易にするためのものでした。
 現在装備中の10式戦車についても、細部の仕様変更が毎年のように行われています。当然ながら、運用側は、装備の複雑化に対応する必要に迫られています。

改修の必要性の増大

 陸上自衛隊の装備品には、その名称に「(改)」などが付記された改修型がいくつか存在しています。74式戦車にも、4台だけ改修型が存在していました。
 標準化よりも最新化への要求が強くなる中、現行装備品の一部を変更することで新しい技術を取り入れる改修の必要性は、これまで以上に高まっています。
 10式戦車についても、すでに次期戦車を見据えた技術開発を進めている三菱重工業だけではなく、AIのような最新技術を持つその他の企業からも情報提供を受けて大規模な改修を行い、その能力を向上させようとしていると考えられます。

今後のゆくえ

 今回公開された文書には、この情報収集が「事業の実施を約束するものではない」と明記されています。実際のところ、2018年に行われた「陸上自衛隊の新戦闘ヘリコプターの取得に関する情報提供企業の募集」には、いくつかの企業が回答したと伝えられていますが、事業化されたという情報はありません。
 また、ウクライナ戦争で多くの戦車がドローンやミサイルにより破壊され、「戦車不要論」が再燃していることが事業化に影響するかもしれません。
 しかし、元陸上自衛官である筆者は、巨大な鉄の塊である戦車が砲口を敵に向けたまま、不整地をものともせずに走り回る姿を間近に見てきました。その姿はまさに「陸戦の王者」であり、地上で戦う隊員たちにとってこれほど頼もしい兵器は他にありません。今回の情報提供の募集が、さらに強靭な戦車の装備化につながることを期待しています。

【参考資料】

◎この記事は↓こちらの本にも掲載されます。

影本賢治KAGEMOTO Kenji

昭和37(1962)年北海道旭川市生まれの元陸上自衛官。アメリカ陸軍や関連団体が発信する航空関連の様々な情報を翻訳掲載するウェブサイト『AVIATION ASSETS』の管理人。在職中は主に航空機の補給整備に関する業務に携わった。翻訳書に『ドリーム・マシーン』『イーグル・クロー作戦』。

https://aviation-assets.info/

JグランドEX編集部J Ground EX

陸上自衛隊や陸戦兵器などの専門誌『JグランドEX』の編集部。「世界の戦車 全戦力ガイド2024」「陸上自衛隊 74式戦車クロニクル」「陸上自衛隊 戦力図鑑2024」が大好評発売中!

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