《ニュース解説》消えた弾丸の捜索──自衛隊の「訓練できない日々」
- ニュース解説
2025-7-21 09:05
2025年6月、富士射撃場で紛失した弾丸1発は、隊員数百名が捜索にあたり8日後に発見された。装備品の「正しい」管理が訓練と隊員に与える負の影響を、元陸上自衛官の影本賢治が分析します。
令和7(2025)年6月11日、静岡県の板妻駐屯地にある第34普通科連隊が富士射撃場での訓練中、5.56mm機関銃MINIMの実弾1発を紛失しました。直ちに訓練が中止され、数百人規模の隊員による大規模な捜索が開始されました。
8日後の6月19日、紛失した弾薬は無事に発見されました。国民は「大事に至らず良かった」と安堵の胸をなでおろしたかもしれません。しかし、1発の弾丸を捜すために、数百人の隊員が何日もの貴重な訓練時間を失いました。
あまりに違う 日米の武器・弾薬管理の現実
陸上自衛隊では、過去にも小銃や弾薬の紛失が発生していますが、そのたびに訓練を停止し、人海戦術で捜索を行うのが常となっています。これは、武器・弾薬が外部に流出することを絶対に防ぐためです。
表1:陸上自衛隊における主要な武器・弾薬関連事案
発生年月 | 所属・場所 | 対象物 | 概要 |
---|---|---|---|
2025年6月 | 第34普通科連隊(富士射撃場) | 5.56mm普通弾 1発 | 訓練中に紛失。数百人規模で捜索の結果、後日発見された。 |
2023年6月 | 第10師団教育隊(日野基本射撃場) | 89式5.56mm小銃 | 18歳の自衛官候補生が訓練中に小銃を乱射。隊員2名死亡、1名負傷。 |
2017年9月 | 航空自衛隊 府中基地 | 小銃実弾 20発 | 射撃訓練前に紛失が発覚。陸自朝霞駐屯地と合同で捜索。 |
2016年5月 | 北部方面後方支援隊(然別演習場) | 5.56mm実弾 | 空包と誤認し訓練で使用、隊員2名が負傷。陸幕長が引責辞任する事態に。 |
2013年10月 | 第35普通科連隊(東富士演習場) | 89式5.56mm小銃 1丁 | 訓練中に紛失。延べ8万人の捜索でも発見されず、捜索に従事した隊員が過労自殺。師団長が事実上更迭。 |
2006年9月 | 玖珠駐屯地 | 64式7.62mm小銃 1丁と9mm拳銃 1丁 | 武器亡失事件が発生。大規模な捜索でも発見できず、ずさんな武器庫管理が問題に。陸幕長らが処分。 |
一方で、同盟国であるアメリカの陸軍では、はるかに重大な事案が数多く発生しています。
AP通信の調査報道によれば、2010年代の10年間で、アメリカ軍全体で少なくとも1,900丁の軍用銃器が紛失または盗難に遭っているということです。その中には機関銃やC-4爆薬(プラスチック爆弾)といった強力な兵器も含まれ、一部は米国内の凶悪犯罪に使用されたり、海外の闇市場に流出したりしています。
表2:アメリカ陸軍における主要な武器・弾薬・爆発物紛失/盗難事案
発生時期 | 場所 | 対象物 | 概要 |
---|---|---|---|
2023年5月 | フォート・ムーア基地 | M17拳銃 31丁 | 基地内から紛失。陸軍犯罪捜査司令部が懸賞金をかけて捜査中。 |
2021年以前 | フェアチャイルド空軍基地 | 弾薬 14,000発以上 | 複数の空軍兵が訓練記録を改竄し窃盗。一部は政府転覆思想を持つ者の手に渡っていた。 |
2017年-2021年 | フォート・カヴァゾス基地 | 弾薬、武器部品等 24,000点以上 | 複数の兵士が共謀した大規模な組織的窃盗。民間に転売され、被害総額は約275万ドルに上った。 |
2016年 | キャンプ・ルジューン基地 | C-4爆薬 約5.9kg | 内戦を懸念した海兵隊員による内部犯行。後に回収。 |
2016年以前 | フォート・ブラッグ基地 | 陸軍制式拳銃 1丁 | 紛失から2年間、陸軍は気づかず。ニューヨーク州での4件の銃撃事件に使用された後、警察が回収。 |
2010年代 | アフガニスタン | ベレッタM9拳銃 65丁 | 輸送コンテナから盗難。その後の行方は不明。 |
このような差が生じる原因のひとつに、陸上自衛隊の武器・弾薬の厳格な管理があります。それは、アメリカとは違って国民の武器所持が禁止されている日本では、当たり前のことかもしれません。しかし、そのために大きな「見えざるコスト」を戦闘組織である陸上自衛隊に支払わせています。
正しい管理のために隊員が失うもの
陸上自衛隊の厳格な管理体制は、一見すると正しく、当然のことのように思えますが、次のような問題点を抱えています。
問題1 訓練効率の低下
陸上自衛隊の射撃訓練では、射撃後に使用した薬莢(やっきょう:弾丸を発射した後に残る金属製の筒)を100%回収することが義務付けられています。筆者も自衛官だった頃に「弾を目標に当てることよりも、薬莢がどこに飛んだかを気にしなければならない」という状態を経験してきました。
特にヘリコプター(UH-60JAとUH-1J)からの実弾射撃を海上で行った際には、海中に薬莢が落下するのを防ぐため、FRP(繊維強化プラスチック)で落下防止柵を作成するなど、大変な苦労をしました。
筆者はアメリカ陸軍で拳銃射撃訓練を経験したことがありますが、日頃の習慣で薬莢を全部拾おうとして注意されました。薬莢は歩くのに邪魔にならない程度に回収すれば良く、その代わりに射撃の合間には射撃要領の細かな指導が行われていて、射手が技量の向上に集中できる環境が整えられていました。
問題2 人的資源の浪費
今回の事案では、1発の弾薬のために、約230人の隊員が10日間にわたって捜索活動に従事しました。筆者の試算では、その人件費として合計1,600万円以上が費やされたことになります。
2013年に発生した小銃紛失事案では、1か月半で延べ8万人が捜索に投入された末に発見できませんでした。同じ試算では、その人件費は実に6億円近くになります。
またこのとき、捜索に従事した隊員1名が自殺し、過労によるうつ病発症と診断されました。
人的努力に頼った管理の限界と解決策
人材確保が困難な中にあって、これまでのように人的努力に頼った管理を続けることには限界があり、士気が下がり、離職を考えさせる一因となり得ます。
自衛隊内ではすでに検討されているかもしれませんが、その解決策の一例を紹介します。
解決策1 管理にテクノロジーを導入する
映像・音響センサーやAI(人工知能)を用いた自動計数装置を備えた弾薬管理システムを開発・導入すれば、隊員が薬莢を数える必要を無くせます。
解決策2 訓練支援のアウトソーシング
自衛隊OBなどの民間人による「訓練支援機構(仮)」のような組織を設立し、その弾薬管理システムの運用を行わせれば、部隊が訓練に集中できるようになります。
これらの解決策を実行するには、筆者の試算では初期投資に約2,280億円、年間の維持・運営に約250億円が必要となります(自衛官OBを主体とする連隊規模の組織を創設し、隷下の16個小隊に30億円程度の弾薬管理システムを装備。全国で計5個連隊とした場合)。しかし、防衛費の増額が進む今なら、高価な正面装備(戦車や戦闘機など)だけでなく、訓練効率を高め、隊員の士気を維持する事業にも目を向ける余裕が出るかもしれません。
これからの自衛隊に求められているのは、1発の弾薬も無くさない「正しい組織」であることよりも、多少のリスクは許容しつつも、より実戦的・効率的で、隊員一人ひとりが誇りと意欲を持って任務を遂行できる「強い組織」であることなのではないかと、筆者は思います。
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