《特集》米陸軍の新しい防衛システム「IBCS」 メーカーの担当副社長に聞く
- 特集
2024-10-29 10:10
ノースロップ・グラマンが世界に提案する、最新鋭の防衛システム「IBCS」。2024年10月、同社の担当副社長に、その最新情報や日本にも導入を勧める理由を伺った。
最近、イランがイスラエルに向けて多数の無人機、巡航ミサイル、弾道ミサイルを一緒くたに撃ち込む事態が発生している。単一の脅威が散発的に飛来するならまだしも、速度も飛翔経路も異なる多種多様な脅威が同時に飛来するとなると、対処は困難になる。
そんな場面における切り札となるのが、ノースロップ・グラマンの指揮統制システム・IBCS(Integrated Battle Command System、統合戦闘指揮システム)。そのIBCSの最新状況などについて、ノースロップ・グラマンのC4ミサイル防衛営業部門担当副社長、イアン・レイノルズ氏に伺ったお話をもとにしてまとめた。
ミサイル防衛の頭脳や神経系になるもの
同時にさまざまな脅威が飛来する場合、レーダーなどの「 センサー 」(探知手段)で脅威の飛来を知るだけでは不十分。さらに「脅威評価」という作業が必要になる。つまり、どれがもっとも早く着弾しそうか、護るべき優先度が高い場所に着弾しそうな脅威はどれか、といった判断を行い、対処の優先順をつける作業である。
次に、個々の脅威に対して何を使って対処するかを決めて、実際に「 エフェクター 」(武器)を割り当てて交戦する。弾道ミサイルが飛来しているのに、低高度で使用する短射程の地対空ミサイルを割り当てても役に立たない。手持ちの武器の中から、もっとも効果的な対処が可能、かつ、迎撃が可能な場所にいるものを選ぶ必要がある。
IBCSは、こうした作業を司るシステムだ。主要な構成要素(MEI:Major End Items)は以下のようになっている。
- EOC(Engagement Operation Center、交戦作戦センター)
- ICE(Integrated Collaborative Environment、統合協働環境システム)
- IFCNリレー(Integrated Fire Control Network Relay、統合火器管制ネットワークリレー)
このうちEOCとICEは、交戦指揮を司る、いわば頭脳の部分。そして、IFCNリレーは神経線となる通信網を構成する。IBCSが提供するのは「頭脳」と「神経線」の機能だけで、センサーやエフェクターは既存のものを組み合わせる形となる。
現在、IBCSは低率初期生産(LRIP:Low Rate Initial Production)が進んでいる。取材時点で、EOCを12セット、ICEを20セット、IFCNリレーを18セット、それぞれ米陸軍に納入していた。これらを用いて、2024年の秋からアラバマ州のレッドストーン兵器廠とアリゾナ州のユマ実験場で認証試験に入る。その後、運用評価試験(FOT&E:Follow-on Operational Test and Evaluation)に駒を進めることになっている。
独立した迎撃システムを複数つなぎ合わせるIBCS
もともと、米陸軍は広域防空手段としてパトリオット地対空ミサイル・システムを配備している。これは捜索・射撃指揮レーダーやミサイル発射機などでワンセットとなり、そのワンセットが各々、独立して機能する。
それでは、一部の構成要素が破壊されるだけで、ワンセットがまるごと機能できなくなる。実際、ウクライナで使用しているパトリオットの指揮システムやレーダーを、ロシア軍が攻撃している事例があるという。
ところが、そこにIBCSを組み合わせると、事情が変わる。つまり、頭脳の役割を果たすIBCS、眼の役割を果たす複数のレーダー、拳骨の役割を果たす複数のミサイル発射器といった構成要素をネットワークで結び、分散配置できるようになる。
こうすることで、一撃で壊滅する事態を避けやすくなる。また、一部システムの構成要素(たとえばレーダー)が使えなくなっても、同じネットワークにつながっている別システムの構成要素で代替できる。つまり冗長性が向上する。
さまざまセンサー/エフェクターで進む試験
そしてIBCSのキモは、ネットワークを通じて組み合わせるセンサーやエフェクターを、自由に選択・変更できるオープン化設計になっているところ。
たとえば、パトリオット用の新型レーダー・LTAMDS(Lower Tier Air and Missile Defense Sensor)とIBCSと組み合わせる試験が、2024年3月に行われた。このときは、LTAMDSが捕捉追尾した目標に関するデータをIBCSに送り込んで交戦指揮を行い、模擬巡航ミサイルと交戦させた。
エフェクターの方でも2024年4月に、AIM-9Xサイドワインダー空対空ミサイルを用いて無人機と交戦する試験が行われた。AIM-9Xは、米陸軍が開発を進めている防空武器体系IFPC(Indirect Fires Protection Capability)で使用する武器のひとつだ。
つまり、IBCSと「会話」ができるようにインターフェイスを整えてやれば、さまざまなセンサーやエフェクターを組み合わせることができるわけだ。
ポーランドへの輸出、関心を示すイギリス、ドイツ、韓国
IBCSは米陸軍向けのみならず、ポーランドにも輸出されている。ポーランドでは、パトリオットを中核とする広域防空システム導入計画「WISŁA」と、MBDA社製のCAMM(Common Anti-air Modular Missile)を中核とする短射程防空システム導入計画「NAREW」の双方で、IBCSを組み合わせる。
このうち先行している「WISŁA」計画では、最初の2個高射隊が2024年中に初度運用能力(IOC:Initial Operational Capability)を達成する予定となっている。
その他の国はどうか。まず、イギリスがIBCSの導入に関心を示している。また、ドイツ向けの防空システム導入案件について、ノースロップ・グラマンは地元のディール・ディフェンスと組んで、ドイツ製の防空システムにIBCSを組み合わせる機会を追求している。韓国でも地元企業との間で、IBCSを中核とする防空システムを導入するための協業について折衝を進めているという。
他国製のセンサーやエフェクターも組み合わせ可能
米陸軍がこれから導入する防空用のセンサーやエフェクターは、当初からIBCSと接続できるように設計する。既存のセンサーやエフェクターは、IBCSと接続できるようにする。
他国の製品はどうするか。ノースロップ・グラマンが支援を実施することで、他国製のセンサーやエフェクターをIBCSに組み合わせることができるようにする。「WISŁA」や「NAREW」では、ポーランドの企業も参画しており、ポーランド製の機材を組み合わせる作業が進んでいる。
ドイツ向けの提案で組んでいるディール・ディフェンス社は、IRIS-T空対空ミサイルを地上発射型に転用したIRIS-T SLMを手掛けているので、これとIBCSを組み合わせる考えではないかと推察できる。
そしてノースロップ・グラマンは日本でも、三菱電機との協力関係を構築している。
IBCSに限ったことではないが、当節のウェポン・システムはたいてい、いわゆるオープン・アーキテクチャ設計になっている。IBCSの場合、さまざまな探知手段(センサー)や武器(エフェクター)を組み合わせる前提で設計されている。
こうすることで、輸出に際して相手国の産業基盤維持につなげることができる。また、将来に向けた拡大・発展・更新の可能性にもつながる。
IBCSで実現する領域横断の交戦
ここまでは「防空指揮管制」という特定分野に的を絞って話をしてきたが、目下のトレンドは「領域横断」(cross-domain)である。陸海空・宇宙・サイバー空間といった個別の戦闘領域ごとに独立・完結するのではなく、すべての領域を俯瞰する形で状況を把握して、最善の交戦手段を割り当てる…… そういうビジョンである。
そうしたビジョンを追求する取り組みの典型が、米軍が進めている「JADC2」(Joint All Domain Command and Control、統合全領域指揮統制)だ。その中で、IBCSはどういう位置付けになるのか。
そこで、グアム島の防衛におけるIBCSの使い方を見てみよう。有事の際に、グアム島には弾道ミサイルや巡航ミサイルによる攻撃が仕掛けられる可能性がある。それを迎え撃つための頭脳として、IBCSを活用することができる。
そこでは、既存の枠を超えて、必要と考えられるさまざまなセンサー(探知手段)やエフェクター(武器)を組み合わせた、領域横断的な防禦の仕組みを作るのだという。すでに今年の米軍事演習「ヴァリアント・シールド24」で、そうしたマルチドメイン(多領域)化のための実証が行われている。
具体的にいうと、センサーとして前出のパトリオット用地対空ミサイルの新型レーダーLTAMDSを使い、交戦手段となるエフェクターとしてSM-6艦対空ミサイルを組み合わせた。LTAMDSで脅威を捕捉追尾して、そのデータに基づいてSM-6で交戦するというシナリオだ。SM-6は米海軍のイージス艦だけでなく、米陸軍でも導入の計画がある。
この実証試験はシミュレーションで実施したため、LTAMDSやSM-6の現物は出てきていない。しかし将来的には、現物を使った試験を実施することになると思われる。
つまり、グアム島という局地的なポイントで、まずIBCSを交えた領域横断型の仕組みを構築する。そこで知見・経験を積み上げた上で、段階的に全軍規模の領域横断型指揮統制システムに版図を広げていく。こうすれば、最初から大風呂敷を広げるよりも着実、かつ低いリスクで開発と配備を進められると期待できる。
日本の防空式管制システムにIBCSを組み込むと……?
さて、日本では目下、航空自衛隊の防空指揮管制システム「JADGE」(Japan Aerospace Defense Ground Environment)を改良する話が持ち上がっている。では、そこにIBCSを組み合わせる形は考えられるだろうか。
たとえば、航空自衛隊が使用しているパトリオットにIBCSを組み合わせることで、ネットワーク化した、より抗堪性が高い防空システムになる。しかも、パトリオットやIBCSの構成要素は車載化されていて移動が自由だから、必要な時に必要なところに展開できる。
それをJADGEの指揮下に組み込むことで、現在よりも抗堪性が高い防空インフラを実現する。……と、そういうシステム構成が考えられる。ただし、これはあくまで筆者の文責の下で書いていることである。実際にそういう構想があるか、そういう提案がなされているかは、また別の問題。
日本では、長射程の広域防空は航空自衛隊、短射程の下層防空は陸上自衛隊、と複数の組織に分かれてしまっている。理屈の上では、その両方にIBCSを組み合わせて、かつ同一のネットワークに統合することも可能である。
もちろんその際には、既存の国産装備をIBCSに接続するための手直しが必要となるだろう。ことに陸上自衛隊のミサイルは、みんな国産品だから、そのままではつながらない。とはいえ前回に取り上げたように、他国製の装備をIBCSに組み合わせようとしている実例はあるから、まったく不可能な話というわけではないだろう。
IBCSによる陸・海・空装備の最適な連携
では、地上配備の防空資産をIBCSを通じて連携させて、一元的に指揮統制するメリットは何か。それは、全体を俯瞰した最適配備が可能になり、二重配備や二重撃ちを回避できることだ。つまり効率的な防空システムを構築する土台ができる。
ただ、複数の組織にまたがるネットワークを構成して一元的に指揮管制するとなると、技術的な話だけでは済まず、政治的な話も入ってしまう。政策決定者が腹をくくって号令をかけなければ、異なる組織にまたがる一元的な指揮統制は実現しがたい。
また、IBCSを中核とする防空システムを装備している複数の国の軍が連合作戦を実施することになれば、IBCSを通じた連携が可能になる理屈。しかしこれもまた、政治の話が入ってくる。一方が「うちの国の軍が、他国の軍から指揮を受けるなんてとんでもない」と言い出せば、話が成り立たなくなってしまう。
ウェポン・システムが国防のしくみにもたらす変化
こうしてみると、情報通信技術の発達によるウェポン・システムの進化が、国防の仕組みそのものにおける構造変化を引き起こすことがあるのだとわかる。
現在と同じ仕組み、同じ体制のままで、既存の装備を、より高性能の新装備に置き換えます……ということなら、大きな意識改革は求められない。しかし、戦闘空間の広まりや、それらを包括する領域横断という概念が出てきている現在、従来と同じ考え方のままでやっていけるものであろうか? 何かしらの意識改革が求められる日が来るのではないだろうか?
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