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《特集》最先端の防衛ネットワークシステム「IBCS」 メーカー副社長に聞いた、基礎から最新情報まで(3)

  • 特集

2025-3-25 14:14

アメリカ軍とポーランド軍が採用した、ノースロップ・グラマン社の最新型・指揮統制システム「IBCS」。前回までに解説したのは、IBCSの開発背景と試験の進捗。最終回の今回は、日本の防空体制とIBCSの関係性について考えたい。誤解されている一面もあるようなので、その誤解を解く話も必要だろう。井上孝司 INOUE Koji

JADGEシステムを置き換えるわけではない

 航空自衛隊は防空指揮管制システムとして、自動警戒管制システム・JADGE (Japan Aerospace Defense Ground Environment、ジャッジ)を配備・運用している。ノースロップ・グラマン社がIBCS(Integrated Battle Command System、統合戦闘指揮システム)について説明すると、IBCSでもって日本のJADGEシステムを置き換えようとしているのではないか、と誤解されることがあるという。

最近はミサイル防衛のイメージ画によく登場する「自動警戒管制システム JADGE」(右下)。本来の機能は、航空自衛隊による全国的な防空警戒管制のための情報集約と指揮管制である 資料出典:防衛省

 しかし、両者はそもそも異なる階層のシステムである。JADGEシステムは、全国ネットで防空任務を統括するものであり、IBCSは現場での射撃指揮を主任務とするものだ。むしろ、IBCSを組み合わせることでJADGEは補完され、防空体制を強固なものにできる……そういう関係である。

 現場に配備されているレーダーなどのセンサー(探知装置)、各種の地対空ミサイルをはじめとするエフェクター(武器)を、IBCSを通じて単一のネットワーク、単一のシステムにまとめる。すると、複数の捜索レーダーから得た情報を組み合わせて射撃指揮に使えるレベルの情報にしたり、センサーやエフェクターを冗長化したり、全体状況を見て最適な位置にいるエフェクターに交戦させたりできる。

IBCSにはその国の装備をつなげばよい

 しかも、そのセンサーやエフェクターの種類や型式は固定されていない。米陸軍は当然ながら、米陸軍の制式装備であるパトリオット・ミサイルや最新型のレーダーLTAMDS(Lower Tier Air and Missile Defense Sensor、エルタムズ)といった、アメリカ製の通信システムを使う。

 しかし、すでにIBCSの導入を決めているポーランドでは、ポーランドのTransbit Sp. z o.o.が開発した見通し線圏内向け無線通信システム、R-460A Radio Relay (伝送速度400Mbps)など、ポーランド製品を組み合わせている部分がある。エフェクターについても、欧州MBDA製の対空ミサイルCAMM(Common Anti-air Modular Missile)を組み合わせる話が決まっている。

MBDA社の対空ミサイルCAMM。発射された直後の写真。ポーランド軍ではIBCSに連接するエフェクターのひとつに、同国で採用しているCAMMを決定している 写真:MBDA

 それなら、IBCSと接続するためのインターフェイスを整えることで、日本製のレーダーやミサイルをIBCSと組み合わせることもできる理屈となる。「IBCSの中核機能はユニバーサル。日米間の相互運用性だけでなく、他のIBCSカスタマーとの相互運用性も実現できる。日本企業との協業により、日本向けに良い提案ができるのではないか」と、ノースロップ・グラマン社グローバル・バトル・マネジメント・レディネス部門バイス・プレジデント兼ゼネラル・マネージャーのケン・トドロフ氏はいう。

 それらをネットワークで結んで一元的な指揮管制の下に置けば、一部がやられても生き残りで交戦を継続できる。防空任務を担当する地対空ミサイル部隊が持つ、自前のレーダーが破壊されたり無力化されたりしても、他のレーダーが生きていれば、そちらから情報をもらって交戦できる。

領域横断型防空システムの実現 手始めにグアムから

 IBCSにはさまざまなセンサーやエフェクターを接続できるし、その対象は陸上配備のものに留まらない。過去の試験では、F-35戦闘機と接続したことも、海軍のイージス艦と接続したこともある。

 つまり、IBCSを中核とすることで、「地対空」という枠組みを飛び出した、陸・海・空にまたがる領域横断型の防空システムを構築する土台ができる。すると、陸上で防空部隊が単独で任務に臨むよりも、効率的かつ確実な任務遂行につながるという期待が持てる。

 近年の業界における流行り言葉として「領域横断」があるが、これは、単純に「戦闘空間が多様化する」という意味ではない。多様化した戦闘空間を互いに連接・連携させて一元的な指揮統制を実現することが本題である。しかし、あらゆる戦闘局面について、そうした仕組みを構築して使いこなすのは、簡単な仕事ではない。

 米軍では2027年からグアム島を対象として、IBCSを中核とする防空ネットワークを構築・運用する計画を進めている。すでに、そのために必要となるソフトウェアの開発契約が、ノースロップ・グラマンに対して発注されている。

 まずはグアム島という、局地的かつ防空体制強化の必要性が高い場所を対象として、ネットワーク化した、領域横断型の防空システムを構築する。それを実際に運用してみて経験・知見を蓄積すれば、他のエリアを対象として、より大規模・複雑な防空システムを構築するための基盤ができる。

 それが将来的に、防空以外の分野も対象とする総合的な領域横断型の指揮統制である、JADC2(Joint All Domain Command and Control、ジャッドシーツー)の実現に資することとなろう。そもそもIBCSは、JADC2コンセプトに沿って開発された製品である。

2020年のJADC2キャンペーン計画において、アメリカ4軍の戦術情報をノードでつないで表示したCOP(共通作戦ピクチャ)。大変見づらいが、各軍種のアセットが表示されている 画像:アメリカ陸軍

手持ちの資産を有効に使う工夫

 仮想敵国と比べて量的・数的な劣勢にあるときに、それを質的な優勢で補おうとする考え方がある。それはそれでひとつの考え方だが、それだけでなく、「手持ちの資産をいかにして有効活用するか、所望の結果・状況を引き出すために手持ちの資産をどう組み合わせて、どう活用するか」ということも考えていかなければならない。

 ネットワークを通じた情報共有・状況認識の改善、センサーやエフェクターの冗長性向上、AIなどの活用による意思決定の迅速化といった話は、そうした課題を解決する手段になる可能性がある。

陸上自衛隊の03式中距離地対空誘導弾と航空自衛隊の地対空誘導弾ペトリオット(PAC-3)。カバー範囲が重複する両者を、陸・空の指揮系統をまたいで無駄なく運用するために、IBCSはソリューションとなる 写真:陸上自衛隊、航空自衛隊

 もちろん、個人の知識・経験・術力に磨きをかけることも重要だが、それだけに依存することはできない。戦う組織であれば、個人技に依存しない仕組みを作り上げることも重要である。なぜかといえば、戦闘においては損耗が生じる可能性をゼロにできないからである。全員参加のチームプレイによって勝てる仕組みを作り上げなければ、最後には押し負けてしまうことになりかねない。

 また、どんな新兵器・新装備でも、永遠に無敵、永遠に有効ということはあり得ない。脅威の側も常に進化しているのだから、試験や実戦で得た経験・知見をフィードバックしながら継続的に改善していく仕組みを作り上げて、回していかなければならない。単に新装備を配備してそれで終わり、というわけではないのだ。

(了)

井上孝司INOUE Koji

1966年7月生まれ、静岡県出身。1999年にマイクロソフト株式会社(当時)を退社してフリーライターに。現在は航空・鉄道・軍事関連の執筆を手掛けるが、当初はIT系の著述を行っていた関係でメカ・システム関連に強い。『戦うコンピュータ(V)3』『現代ミリタリーのゲームチェンジャー』(潮書房光人新社)、『F-35とステルス』『作戦指揮とAI』『軍用レーダー』(イカロス出版、わかりやすい防衛テクノロジー・シリーズ)など、著書・共著多数。『Jウイング』『新幹線エクスプローラ』『軍事研究』など定期誌や「マイナビニュース」「トラベルウォッチ」などのWEBメディアにも寄稿多数。

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