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《特集》最先端の防衛ネットワークシステム「IBCS」 メーカー副社長に聞いた、基礎から最新情報まで(1)

  • 日本の防衛

2025-2-27 13:10

アメリカ軍とポーランド軍が採用した、ノースロップ・グラマン社の最新型・指揮統制システム「IBCS」について、同社グローバル・バトル・マネジメント・レディネス部門バイス・プレジデント兼ゼネラル・マネージャーであるケン・トドロフ氏にお話を伺うことができた。最新の話題を折り込みつつ、まずはIBCSの基本的なイメージをまとめてみよう。井上孝司 INOUE Koji

ノースロップ・グラマン社グローバル・バトル・マネジメント・レディネス部門バイス・プレジデント兼ゼネラル・マネージャーのケン・トドロフ氏。元 アメリカ空軍准将である 写真:編集部

現代の防空システムが抱えている問題点

 防空・ミサイル防衛と一言でいっても、それが意味するところの幅は広い。国土防空という観点から、主要都市や重要インフラを護る防空がある一方で、最前線の戦闘部隊を経空脅威から護る野戦防空あるいは艦隊防空もある。

 このうち艦隊防空については、レーダーをはじめとするセンサー、艦対空ミサイルをはじめとするエフェクター(業界の言い方で、破壊に用いる武器のこと)、それらの動作を司る指揮管制システムと射撃指揮システムが、同じ「艦」というプラットフォームにまとめて載っており、ひとつのシステムとして機能する仕組みができあがっている。また、複数の艦をデータリンクで結んで、探知目標の位置・針路などに関する情報や、友軍の位置・状況に関する情報などを共有する仕組みも一般化している。

 では、陸上における防空はどうか。国家レベルのミサイル防衛になるとさすがに、「衛星」「早期警戒レーダー」「射撃指揮システム」「迎撃ミサイル」といった構成要素を組み合わせたシステムができあがっている。しかし、もっと下の階層、局地的なレベルになると事情が違ってくる。

 我が国では、防空といっても二階層に話を分けており、広域・上層の防空は航空自衛隊のパトリオット地対空ミサイル・システム、その下のレベルは陸上自衛隊の地対空ミサイル・システム、と分業する体制になっている。一方、米陸軍では、地対空ミサイルはみんなまとめて陸軍の所管になっている。どちらにしても、ミサイルと射撃指揮システム・捜索レーダーを組み合わせたシステム一式で完結して、特定の地域を防御するという布陣である。

 すると何が問題になるか。地対空ミサイル・システムを装備する高射隊は、自身のレーダーで捕捉できる範囲内でしか捜索・交戦ができない。そして、装備するレーダーが破壊されたり、電子戦によって無力化されたりすれば、万事休すである。逆に、ミサイル発射機が破壊される可能性もあり得よう。

航空自衛隊の地対空ミサイル「ペトリオット」の発射機(左、中央)とレーダー装置(右手奥)。ペトリオット・システムはこのほかに、電源車、射撃管制装置、アンテナマストがあり、その一式で半径数10キロの防空を担う 写真:Jウイング編集部

 前者の問題については、国土全体をカバーする早期警戒レーダー網や、我が国でいうところの「JADGEシステム」(Japan Aerospace Defense Ground Environment、自動警戒管制システム)みたいな防空指揮管制システムと連接することで、より広いエリアに関する情報を得る手段がある。実際、そういうシステムを構築している国はいくつもある。これもひとつのネットワーク化ではあるが、残念ながら後者の問題(構成要素がひとつ欠ければシステム全体が機能不全になる)は解決されない。

 それに、防空指揮管制システムと連接することで、飛来する脅威についていち早く知ることにはなるが、射撃指揮は依然として「現場任せ」である。すると、状況判断の結果次第では、撃ち漏らしや二重撃ち(つまり無駄弾の可能性につながる)が生じる可能性もある。誰もが「自分が見える範囲、自分が見ている範囲」の枠内で、状況を判断して意思決定しているためである。

 また、我が国では関係ない話だが、外征タイプの軍隊では、出先で国土防空と同様のシステムを期待することはできない。広い範囲をカバーできる仕組みを自前で構築しなければならない。

 逆に我が国ならではの事情としては、島国ゆえに、脅威が必ず海の向こう側からやってくる点が挙げられる。海に囲まれていると、陸上配備の防空システムだけでは脅威を探知する手段や能力に限界がある。地続きなら前方展開する選択肢があるが、洋上にはセンサーを展開できないからだ。

 そこで代わりとして早期警戒機や水上戦闘艦による警戒ラインを配備するとしても、いちいち脅威の飛来を口頭で伝達するのでは仕事にならない。戦術データリンクを通じて探知目標に関する情報を受け取れれば、状況認識の改善にはつながるが、射撃指揮の改善にはならない。

日本28箇所の警戒監視レーダー配置マップ。黄色で囲んだエリアが「警戒監視範囲のイメージ」とされ、多くの海洋エリアは探知の限界を超えたところにある 資料出典:防衛白書

求められるのはネットワーク化と柔軟な運用

 では、どういう仕組みにすれば「広い範囲をカバーできる状況認識」「撃ち漏らしや二重撃ちのない一元的な射撃指揮」「抗堪性の向上」を同時に実現できるだろうか。

 まず、広い範囲をカバーできるネットワークの構築はどうしても必要である。それはもちろん、見通し線範囲内だけに限定するものではなく、地平線・水平線の向こう側までカバーできる、広域ネットワークでなければならない。だから、日本側の事情で、同盟国のネットワークから孤立した状況を作ることは好ましくない。ネットワークは、参加者が多いほど、カバーするエリアが広いほどに有用性が高くなる。

 そのネットワークに、レーダーみたいなセンサー「だけ」を接続するのでは、完全な問題解決にならない。なぜかというと、地対空ミサイルをはじめとするエフェクターが「自分の担当範囲内で、自力だけに頼って交戦する」状況の解決にならないからだ。

 すると、センサーとエフェクターの両方を同じ広域ネットワークに接続して、それらがすべて相互にやりとりできる仕組みを構築する必要がある。それによって初めて、すべてのセンサーとエフェクターを一元的に扱い、全体でひとつのシステムとして機能させることができる。

 広い範囲の全体状況を一元的に管制すれば、最適な場所にいる最適なエフェクターを選んで交戦させることができるし、それは結果として撃ち漏らしや二重撃ちの抑制にもつながる。つまり、効率的な戦闘指揮が可能になる。

 また、さまざまな場所に分散しているセンサー群をひとつのネットワークにまとめて一元管理することで、抗堪性の向上だけでなく、ターゲティング(目標の照準)にもメリットをもたらす。異なる位置にある複数のセンサーが同じ目標を捕捉追尾することで、単体では実現できない、高い精度での位置標定が可能になるからだ。

山頂に見えるのが、航空自衛隊 与座武分屯基地のFPS-5警戒監視レーダー。高性能ではあるが、1箇所のレーダーで得られる探知情報には限りがある 写真:鈴崎利治
異なる位置にある複数の警戒監視レーダーの情報を統合できれば、ミサイルの照準にも使える高い精度での目標位置標定が可能になる イラスト:編集部

 さらに、そのネットワークを陸上配備のシステムに限定せず、海・空にも拡大するとどうなるか。戦闘機や早期警戒機が持つレーダーは、地上設置のレーダーよりも遠方までカバーできるから、その分だけ脅威の飛来を早く知る役に立つ。

 戦闘機が持つ空対空ミサイル、艦艇が持つ艦対空ミサイル、地上配備の地対空ミサイルを一元的な管理の下に置くことで、各々が単独で交戦するよりも広い範囲をカバーできるし、リレー式に交戦を引き継ぐことで迎撃の可能性を高められる。

 こうした仕組みを実現するには、「加入・離脱が自由にできるオープン型のネットワーク」と、「そのネットワークで得られた情報を融合して状況を把握した上で、交戦の指令を飛ばす指揮管制システム」が不可欠である。そうしたシステムとして先端を走っているのが、ノースロップ・グラマンの「IBCS」(Integrated Battle Command System、統合戦闘指揮システム)というわけだ。

 しかし、能書きを並べるだけでは話は始まらない。実際にシステムを作って、動かしてみなければ、能力や有用性を確認することはできない。

IBCSの構想を可視化した「Battle One」のイメージ。本来は個々に運用される陸・海・空の既存の防衛アセットをネットワークでつなぎ、ひとつの生き物のように運用する 画像:ノースロップ・グラマン

より迅速な判断・意思決定のためのAI活用

 戦闘任務が複雑なものになり、しかもスピード化して、迅速な判断・意思決定が求められる傾向には終わりがない。そうなると、人間による判断では追いつけなくなる危険性がある。

 すると、近年になって急速に進化している人工知能(AI : Artificial Intelligence)を援用する話が出てくるのは必然だろう。さまざまな状況を想定して意思決定に関する学習を行うことで、迅速な意思決定を支援するためだ。ただし、そこでAIを使うこと自体を目的にしてはいけないし、AIに依存してもいけない。AIを活用して「任務遂行」という結果につなげることこそが重要である。

「IBCSにAIの能力を取り入れていくことは、今も、今後も重要。弊社は、AIについては数十年に亘る取り組みがあるし、他のプラットフォームにおけるAIの開発成果も蓄積されている。B-21爆撃機もそのひとつ」とトドロフ氏は語る。また、自社ですべてやろうとするのではなく、「より進んだAIの開発・運用をしている外部の企業もあるので、それも活用している」ともいう。

 IBCSの試験については、第2回でお伝えする。

井上孝司INOUE Koji

1966年7月生まれ、静岡県出身。1999年にマイクロソフト株式会社(当時)を退社してフリーライターに。現在は航空・鉄道・軍事関連の執筆を手掛けるが、当初はIT系の著述を行っていた関係でメカ・システム関連に強い。『戦うコンピュータ(V)3』『現代ミリタリーのゲームチェンジャー』(潮書房光人新社)、『F-35とステルス』『作戦指揮とAI』『軍用レーダー』(イカロス出版、わかりやすい防衛テクノロジー・シリーズ)など、著書・共著多数。『Jウイング』『新幹線エクスプローラ』『軍事研究』など定期誌や「マイナビニュース」「トラベルウォッチ」などのWEBメディアにも寄稿多数。

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