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《解説》統合戦闘指揮システムIBCSと導入の鍵となる装備国の主権性

  • 日本の防衛

2025-12-1 10:33

外国製の大きな防衛システムを導入しようというとき、国防における主権性や自国の産業基盤への影響が心配になるのは無理もない話。けれども、ノースロップ・グラマンの統合防空システム IBCS は「心配ご無用」と言う。井上孝司が解説します。井上孝司 INOUE Koji

ポーランドで進む、米陸軍向け統合戦闘指揮システム IBCS の導入

 アメリカの防衛企業大手ノースロップ・グラマン社が、米陸軍向けに開発を進めてきた統合戦闘指揮システム IBCS(Integrated Battle Command System)については、これまで、さまざまな角度から紹介・解説してきた。そのIBCSは、米陸軍のみならず、初の海外カスタマーであるポーランドでも導入に向けた作業が進んでいる。

 今回、同社のセクターバイスプレジデント 兼 指揮統制及び兵器統合担当ジェネラルマネージャーであるケン・トドロフ氏、戦略・市場開発担当 上級ディレクターのジョン・フェルコ氏に、オンラインでのインタビューを行った。そこでの話を踏まえて、ポーランド向けの話を参考にしつつ、IBCSの対外輸出に関わる話を取り上げてみたい。

IBCSでつながる、ポーランド製や他国製の防空アセット

 ポーランドは、新たな広域防空システムを導入する計画を立ち上げて、これをヴィスワ WISŁAと名付けた。これは、ポーランドの主要河川、あるいは同国南西部にある街の名前でもある。

 WISŁA計画では、統合交戦ソリューションとしてIBCS、エフェクターすなわち交戦の手段としてパトリオット地対空ミサイル・システムを使用する。
 ミサイルはアメリカ製、射撃指揮レーダーもRTX社レイセオン部門製のLTAMDS(Lower Tier Air and Missile Defense Sensor)だが、すべてをアメリカ製品で固めるわけではない。
 たとえば、移動式通信機材(MCC : Mobile Communications Centre)をポーランドのWZL1(Wojskowe Zakłady Lotnicze Nr 1。第一軍事通信製作所の意)が手掛ける。また、前哨を務めるP-18PL早期警戒レーダーや、電波発信源位置標定システムも、ポーランドの企業連合が手掛けることになっている。

ポーランド軍のパトリオット地対空ミサイルシステムのうち発射機。搭載車輌は同国JELCZ社製 写真:Poland MOD

 さらにポーランドでは、ナレフ Naraŭ 計画の下、WISŁAの下層を受け持つ短射程防空システムの導入計画も進めている。こちらの交戦手段は、欧州MBDA社製のモジュール式対空ミサイル CAMM-ER(Common Anti-air Modular Missile Extended Range)だ。その関係で、ノースロップ・グラマンはMBDAともパートナーシップを組んでいる。

ポーランドでは間もなくFOC達成 アメリカでは改良はじまる

 これまでに、IBCSを用いて32回の実射試験が行われているが、すべて成功している。

2025年9月16日、ポーランドでの演習「アイアン・ディフェンダー」における、IBCS制御による初の対空ミサイル実弾射撃 写真:Krzysztof Gumul/WCEO

「2025年9月16日にポーランドのウストカで行われた演習 “アイアン・ディフェンダー” で、初めてIBCSの管制によるミサイルの実射を実施しました。このときには、模擬巡航ミサイル標的・2発を迎撃しました。この実射試験の成功を受けて、12月に完全運用能力(FOC : Full Operational Capability)の達成を宣言できる見込みです。これにより、世界的に運用できる体制が整ったことを証明できます」(トドロフ氏)

 アメリカでは2025年10月2日に、運用評価の一環として米陸軍の兵士による実射試験を行った。これは、過去に実施した中でもっとも厳しい内容の試験で、敵対的環境下で巡航ミサイル標的・2発を迎撃するとの内容だった。また、8月にLTAMDSのセカンダリ・アレイを用いた追尾・交戦試験が行われたが、これもIBCSの管制下で行われた。
※LTAMDSはメイン・アレイ1面と、それより小型のセカンダリ・アレイ2面で全周をカバーする設計になっている。

「配備を始めたばかりですが、改良も進めています。この先、12か月の間に、機動性や適応性の改善、分散オペレーションへの対応を進めます。主要機材を米陸軍のISV(Infantry Squad Vehicle)に載せられるように小型軽量化します。また、自動化や人工知能(AI : Artificial Intelligence)の活用を進めて、意思決定の迅速化や人員所要の低減につなげます」(フェルコ氏)
※ISVはGMディフェンスがシヴォレー・コロラドZR2をベースとして開発した軍用車輌。9人乗りで、名称通りに歩兵分隊をまるごと乗せられる。

 現在、IBCSの機材は中型軍用トラックFMTV(Family of Medium Tactical Vehicles)に載せているが、ISVはFMTVよりも小型の車両だ。機材が小さく、身軽になれば、それだけ迅速な展開が可能になる。大きな飛行場や港湾が整備されているとは限らない島嶼防衛では、機動性の高さは無視できない要素である。

アメリカ陸軍の軍用車両ISV。ISは「歩兵分隊」の意 写真:U.S. Army / Sgt. Dominick Smith
IBCSのEOC(交戦作戦センター)を搭載した中型軍用トラックFMTV 写真:Northrop Grumman

IBCSで既存の防空アセットをつなぎ 同盟国同士を同じ状況図でつなぐ

「各国とも、IBCSをテコにして自前の防空能力を構築するという課題を認識しています」(トドロフ氏)

 すべて輸入品のお仕着せにするわけではなく、自国に利用可能なシステムがあれば、それと組み合わせることができる。ポーランドがIBCSの採用を決めた理由も、まさにそこにあるという。それが、自国の意思に基づいて自国の事情に合わせて運用できる、いわゆる主権性という話につながる。

 その際、IBCSが他国製のセンサーやエフェクターとやり取りするために必要な情報を相互に開示する必要がある。このとき、必ずしも、すべての情報をオープンにする必要はない。相互接続に必要な情報さえあれば、目的は達成できる。それはすでにポーランドで行われていることであり、これをノースロップ・グラマンの立場から見ると、「WISŁA計画やNaraŭ計画で得た協業の経験が、他国との協業でも活きる」(トドロフ氏)ということになる。

 そしてノースロップ・グラマンは日本において、すでに三菱電機とのパートナーシップを形成しており、さらに他のメーカーとも対話も進めている。

 日本では、航空自衛隊のJADGE(Japan Aerospace Defense Ground Environment)システムが稼働しているから、「JADGEとIBCSの間に中継役(ゲートウェイ)を設置することで、JADGEとIBCSが相互に情報をやり取りできるようになります」(フェルコ氏)。IBCSの立場から見れば、JADGEの配下にあるレーダーサイトからの情報を取り込んで、状況認識に活用できることになる。

 また、韓国ではハンファ・システムズ社やLIGネクスワン社とのパートナーシップを形成、韓国向けの防空・ミサイル防衛分野を対象として協業する。韓国製の天弓II(M-SAM II)やL-SAM、KAMD(Korean Air and Missile Defense)システムを、IBCSと組み合わせるのが目的だ。

 そして、同盟国同士で同じIBCSを導入すると、それがひとつの “共通言語” として機能する。自国内だけで完結するのではなく、各国のIBCSを相互接続して情報を共有することで、広い範囲の単一状況図を生成、その下で交戦する能力を得られるからだ。もちろん、自国だけでIBCSを使用していても、単一状況図を生成する利点は享受できる。しかし、それが多国間にまたがることになれば、対象範囲が広くなる。

 ただ、「もともと米陸軍向けに開発されたIBCSだから、米陸軍向けの仕様が押し付けられることにならないか?」と気にする人がいるかもしれない。

状況に合わせて脅威度を評価し、迎撃武器を割り当てるIBCS

 実は、IBCSはモジュラー化したオープン・アーキテクチャ設計だから、新機能の取り込みを行いやすい。それはハードウェアだけでなくソフトウェアについても同様だ。

IBCSによる防空システムを可視化したビジョン “Battle One”。センサーまたはエフェクターの役割を持つ、国も時代もさまざまな防空アセットがIBCSの下で連携する 写真:Northrop Grumman

 実際に、IBCSが交戦を司る際に中核となるのは、捕捉した脅威を評価して優先順位をつけて、それぞれに交戦のための武器割り当てを行う機能である。その評価のロジックを状況に応じて調整できるようになっているから、「我が国が直面している主要な脅威」に適合しやすいというわけである。これも主権性につながる要素のひとつといえる。

 その脅威評価は、「重要な施設・拠点に向かってくる脅威や、早く着弾しそうな脅威に高い優先順位をつける」という考え方が基本だが、それだけの話では済まないかもしれない。

 ロシアはウクライナに対して、戦闘機や爆撃機だけでなく、高価な巡航ミサイルも、安いイラン製の自爆無人機も送り込んでいる。高価で高性能なミサイルを使って高価値目標を迎え撃つのは理に適っているが、安いイラン製の無人機が大量に飛来したときに、それを高価なミサイルで迎え撃っていたら、たちまち在庫が払底してしまう上に不経済だ。

 すると、捕捉追尾している脅威の飛行プロファイルなどを参考にして種類を判別した上で、「迎撃が困難な高価値目標」と「迎撃はしやすいが数が多い安い目標」といった重み付けを行い、それぞれに適切な交戦手段を割り当てるような仕掛けも欲しくなるだろう。IBCSならそれも可能だ、というのがノースロップ・グラマンの説明である。

 そういう意味でも、あらゆる防空資産を一元的に指揮下に置くことができるIBCSのメリットがある。たとえばの話、パトリオットが単体で交戦していたら、高価な戦闘機だろうが安い自爆無人機だろうが、高価なパトリオットで迎え撃つしかない。しかし、複数の交戦手段を選べるのであれば、最適な手段を割り当てられるとの期待を持てる。

おわりに──自国製と外国製をちゃんぽんで装備する現実の最適解

 外国製の装備・システムを導入しようとすると、「自国の主権性を維持できない」「自国の産業基盤が損なわれる」といった主張をする人が現れるのは、日本に限らず他国でも見られる傾向である。

 しかし実際のところ、単独であらゆる装備を実現できる国は極めて限られているのが実情だ。それなら、自国製の装備・システムと他国製の装備・システムを組み合わせて最適な問題解決を追求する方が現実的であるし、結果として同盟国同士の “共通言語” を持つことにもつながる。一般論として、それが現実的かつ前向きな考え方というものではないか。

井上孝司INOUE Koji

1966年7月生まれ、静岡県出身。1999年にマイクロソフト株式会社(当時)を退社してフリーライターに。現在は航空・鉄道・軍事関連の執筆を手掛けるが、当初はIT系の著述を行っていた関係でメカ・システム関連に強い。『戦うコンピュータ(V)3』『現代ミリタリーのゲームチェンジャー』(潮書房光人新社)、『F-35とステルス』『作戦指揮とAI』『軍用レーダー』(イカロス出版、わかりやすい防衛テクノロジー・シリーズ)など、著書・共著多数。『Jウイング』『新幹線エクスプローラ』『軍事研究』など定期誌や「マイナビニュース」「トラベルウォッチ」などのWEBメディアにも寄稿多数。

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