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不肖・宮嶋の熊本日記
第2回 自衛隊のスピード感ある災害派遣

  • 特集

2026-9-13 08:00

地震発生後、直ちに発せられた災害派遣要請と小泉防衛相の指示を受け、陸海空自衛隊はすぐに動き出した。日の丸を付けたオスプレイも、災害派遣の現場に初めてその雄姿を見せた。宮嶋茂樹 _Shigeki MIYAJIMA

直ちに展開する陸海空自衛隊

 7月28日16時27分の震災発生後、直ちに木村 敬(きむら・たかし)熊本県知事は、陸上自衛隊 北熊本駐屯地の第8師団長に対し災害派遣を要請した。
 また時を同じくして、高市早苗(たかいち・さなえ)首相の指示を受けた小泉進次郎(こいずみ・しんじろう)防衛相も、陸海空自衛隊に対して、人命救助を最優先とした防衛大臣指示を発した。それを受け、陸海空自衛隊の航空部隊が被災地上空から情報取集を開始し、地元の第8師団を基幹とした4,600人は、課業後にもかかわらず、すみやかに被災地に向けて出発した。
 まずは、被災地各地で地震により崩落した家屋や瓦礫の下に閉じ込められた住民の救出と行方不明者捜索である。想像していただきたい。迫りくる死の恐怖。避難したくも、五体に瓦礫がのしかかり、非情にも脱出口を塞ぐ。日が落ちても30度を下らぬ酷暑に飲み水さえない。自衛官として、いや人としてとても、じっとしとれんやないか。
 多くの従業員が生き埋めになっている嘉島町のイオンモール熊本や、倒壊した煙突の下敷きになった八代市の日本製紙八代工場の従業員、さらに被災地各地で、倒壊した家屋の下敷きになって動けない住民が今も助けを待っているのである。
 早速、地元北熊本駐屯地を出発した陸上自衛隊第42即応機動連隊等は、イオンモール熊本や日本製紙八代工場などで、警察・消防とともに、ドローンや救助犬まで駆使し、救助・捜索活動を夜を徹して続けた。

地震によるガス漏れで爆発事故が発生した熊本県嘉島町のイオンモール熊本。いったん避難したものの、館内に戻った7人の方々が犠牲になった。8月1日まで夜を徹した捜索が続けられ、全員が発見された
高市早苗首相訪問に備え、氷川町氷川中学校で爆発物警戒にあたる千葉県警K-9部隊

 しかし、まさに自衛隊員が命がけで瓦礫の下に潜り込み、生存者を捜し出そうとしていた時、熊本のお隣の福岡県ではあの「カツアゲ」県議がどこの芸能事務所のどの芸人か知らんが、お笑い芸人をお招きして、政治資金集めのビア・パーティーを開催しとったのである。しかも、それがバレても「やって良かった」と開き直りよったのである。
 不肖・宮嶋、報道写真家生活43年。国の内外で、天災、人災、戦災現場を渡り歩いてきた。罪のない弱者ばかりが被害を受け、苦難を負わされる。それを尻目に自らは平和、安心の惰眠をむさぼるばかりで、無責任なノー書きをこく為政者たちや自称活動家らも目の当たりにしてきた。
 そのたびに思う。願うだけで望みを叶えてくれる「神」のような存在はないと。自らの安全平和は座して得られぬ、自らで備えるしかないと。そして確信を得た。復旧復興にとって最大の敵は国民の無関心であると。

初の災害派遣実任務に参加した陸自オスプレイ

 震災発生翌日、小泉進次郎防衛相自らの肝いりか、自衛隊は備蓄していた300台ものスポット・クーラーをかき集め、航空自衛隊C-2輸送機で同入間基地から熊本空港へ運んだ。そこから陸上、航空自衛隊車両により、各避難所に運ばれた。
 さらに海上自衛隊はヘリコプター搭載護衛艦「いせ」をはじめ掃海母艦「ぶんご」や輸送艦「くにさき」、さらに訓練支援艦等を派遣。八代港に停泊した造水能力の高い「ぶんご」や「くにさき」は八代港埠頭で、陸上、航空自衛隊や自治体の給水車に対し断続的に飲料水を提供したり、被災民への入浴支援に当たったりした。航空機の発着艦のため「いせ」は沖合に停泊。佐賀駐屯地のV-22オスプレイが発着艦し、「いせ」から支援物資や人員を熊本空港に移送した。

八代港にて、造水能力が高い掃海母艦「ぶんご」から飲料水を受け取る陸自給水車。この後、輸送艦「くにさき」も入港し、給水、入浴支援にあたった

 米海兵隊に配備されたオスプレイは、先代CH-46ヘリの「約2倍の速度、約3倍のペイロード、約4倍の航続距離」を誇る。10年前の震災では山間部で大きな被害が発生したため、滑走路を必要としない「オスプレイ」の機動力は支援物資輸送で大いに活躍した。しかし今回は氷川町、宇城市、八代市という比較的大きな被害を受けた地域が広範囲には渡らなかったことや、平野部だったことで、大規模なヘリ・オペレーションは行われなかった。
 震災発生3日後、初めて設置された自衛隊の入浴施設の一つがあった火の君文化センター(熊本市)で、聞き慣れたローター音に思わず耳を疑い、上空を見上げ、目が点になった。淡いブルーの機体の翼に輝く日の丸は、まごうことなき陸上自衛隊のV-22「オスプレイ」であった。さすがオスプレイ、不肖・宮嶋がカメラを構える間もなく、北方に飛び去っていった。
 佐賀駐屯地に配備され始めた際には、「危ない」やの「うるさい」やの、「なんでもハンタイ派」から因縁をつけられたが、こうやってオスプレイが地域住民への生活支援活動にも大いに役立つことが実証されたのである。

陸上自衛隊のV-22オスプレイは7月31日から、護衛艦「いせ」から高遊原分屯地(熊本空港内)などに救援物資の輸送を行った 写真:統合幕僚監部
宮嶋茂樹_Shigeki MIYAJIMA

みやじま・しげき 報道カメラマン。1961年、兵庫県明石市生まれ。1984年に日本大学芸術学部写真学科を卒業後、講談社週刊『フライデー』専属カメラマンを経てフリーランスに。国内外の紛争、災害、事件、事故現場を撮影し、各種媒体に作品を発表し続けている。著作・写真集多数。近著に『海上自衛隊創設70周年写真集 GLORIOUS FLEET 日出づる艦隊』、『君たちはこの国をどう守るか』(共著)、『不肖・宮嶋 最後の戦場 ウクライナ戦記』、『忘れられた香港 〜The Forgotten State〜』など。

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