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《特集》イージス艦のポイント──進化するベースラインとBMD能力

  • 特集

2024-5-13 19:27

イージス艦が登場してすでに40年近く経過しているが、現在も世界最強のシステムであり続けている。日進月歩のシステムの進化がその能力を支えているのだ。井上孝司 INOUE Koji

バリーのCIC。アーレイ・バーク級の2番艦で、艦齢はすでに30年に達するが、ベースライン9Cにバージョンアップされており、CICのコンソール類も換装されている(写真:USN)

イージスを進化させるベースライン

 工業製品というものは作っているうちに改良したくなるものである。また、新しい技術の導入、新しい製品との組み合わせが求められることもある。イージス武器システムも例外ではない。とはいえ、新しい艦を建造するたびに戦闘システムに手を入れていたら、艦ごとに形態がバラバラになり、教育・訓練の面でも運用の面でも困ったことになる。
 そこでイージス戦闘システムでは、「ベースライン」という考え方を取り入れた。これは一種のグループで、同じベースラインでまとまった数の艦を建造したところで、新しいベースラインに移行する。詳しい分類は表を参照して欲しいが、ミサイル発射機、コンピュータ、レーダー、搭載するミサイルといった具合に、さまざまなものが新しくなると、それを受けてベースラインの数字が上がる。
 また、既存の艦が持つ古いベースラインのシステムに対して、新しいベースラインのシステムに入れ替えたり、部分的に改修して新しいベースラインと仕様を合わせたりすることもある。

オープン化が実現する継続的な改良・改修

 しかし、単に「ベースラインの数字が増えるほどに新型になり、性能が上がる」という点にばかり着目していては、進化の本質を見誤る。
 私見だが、イージス戦闘システムのうち、特に大きな変化となったのはベースライン7.1である。なぜかというと、ここで初めてコンピュータが完全に民生技術ベースのものに置き換わり、その後の「オープン化」への道をつけたからだ。オープン化とは、システムを構成するさまざまな要素を自由に入れ替えられるということ。それにより、性能が向上した新型コンピュータに入れ替えたり、新しい兵装の運用能力を加えるとかいった作業がやりやすくなる。
 初期のイージス戦闘システムは、少数の大型コンピュータがすべての機能を引き受けており、いってみれば「ひとかたまり」になっていた。しかしそれでは改良や改修がやりにくいし、新しい技術や製品を柔軟に取り入れることもできない。
 そこで多数の小型コンピュータが処理を分担するようにし、かつ、コンピュータや武器や各種センサーの間で情報をやりとりするための規格を統一する。こうすればシステム構成を柔軟に発展させられる。
 それに、イージス戦闘システムは対空戦を受け持つイージス武器システムだけで成り立っているものではなく、他の分野の戦闘に関わるシステムも接続して、配下に置いている。対空戦以外の分野のシステムを容易に組み合わせたり、更新したりする観点からいっても、オープン化は欠かせない。

アーレイ・バーク級がベースライン7.1になったのは、写真の41番艦ピンクニーから。コンピュータなどに民生品を導入し、システムのオープン化によって、システムの柔軟な発展が可能となった(写真:USN)

イージスの新たな力BMD 能力の付与

 もうひとつ、イージスの大きな進化が、弾道ミサイル防衛(BMD:Ballistic Missile Defense)の機能の実現だ。今や日本ではイージス艦の存在意義の一つでもあるBMDだが、イージス武器システムはもともとBMD用として開発されたシステムではなかったため、実はイージス武器システムに対する「付加機能」という扱いになっている。
 そのため当初はBMDに対応するミサイルはなく、迎撃手段として開発されたのがSM-3艦対空ミサイルだ。SM-3はミッドコース迎撃、つまり終末防衛用のSM-2ブロックⅣよりも早いタイミング、かつ上層で弾道ミサイルと交戦する。
 SM-3は、ブロックⅠA、ブロックⅠB、ブロックⅡAと改良を重ねてきている。すると、それを発射するイージスBMDの方も段階的に能力を高める必要がある。そして近年ではSM-6の改良型も終末防衛の手段に加わってきているので、イージスBMDもSM-6を使えるように改良されている。

スタンダードミサイルの最新型SM-6を発射するアーレイ・バーク級の15番艦ベンフォールド。ベースラインをバージョンアップし、最新のミサイルを運用すれば、その能力は新鋭艦にも劣らない(写真:USN)
タイコンデロガ級は1980年代の艦であり、全艦退役した海自の「はつゆき」型と同世代の艦も多い。しかしベースラインのバージョンアップによってまだ現役にとどまることが可能となっている(写真:USN)
タイコンデロガ級14番艦ノルマンディーのCIC。本艦はベースライン9Aに換装されているが、BMDには対応していない。ベースラインによって、能力は大きく変わる(写真:USN)

バージョンアップするソフトウェアの意義

 ついつい目に見えるハードウェアにばかり着目してしまうが、イージス戦闘システムのキモは、戦闘指揮の機能を提供するソフトウェアだ。さまざまな探知情報を得て、脅威の度合を評価して優先順序をつけて、どの脅威にどの武器を割り当ててどういう順番で交戦するか。それを決めるのはソフトウェアの仕事。また、レーダーの探知・追尾機能を制御するのもソフトウェアだ。
 そのソフトウェアについて、現在はACB(Advanced Capability Build)という名称で、何年かごとにメジャーバージョンアップを実施する体制を組んでいる(もちろん、その間に細かいバージョンアップも入る)。新しいソフトウェアが入ると、新しい機能が加わったり、処理が賢くなったり、バグが直ったりする。パソコンやスマートフォンと同じである。
 そして、大規模なソフトウェアはみんなそうだが、ひとつのシステムを構成するさまざまな機能ごとに、独立したソフトウェアの「部品」を用意する。すると「部品」単位でバグを直したり能力を高めたりでき、同じ機能を共用する複数のシステムの間で、同じ「部品」を共用することもできる。実際、イージス戦闘システムで開発されたソフトウェアの「部品」が、他の戦闘システムでも使われていることがある。イージスは目に見えない部分で着実に進化し、その進化は広範にまたがっているのだ。

SM-2を前部VLSから発射するアーレイ・バーク級59番艦ジェイソン・ダンハム。イージス艦の進化は外観からは分からない。発射するミサイルも同様に進化を続けている

イージス戦闘システムのベースライン一覧

ベースライン概要
1最初のバージョン。ミサイル発射機は連装・旋回式のMk.26
2ミサイル発射機をMk.41 VLSに変更。トマホーク巡航ミサイルの搭載も可能
3レーダーを重心低下のために軽量化したAN/SPY-1Bに変更。高い仰角までカバー可能となった
3Aベースライン3をベースライン4 相当までアップグレード
4レーダーをAN/SPY-1Dに変更。コンピュータを変更し、データリンク機能を強化
5ベースライン4を基に、指揮管制機能や情報連携能力を強化
5.1(5フェーズ1?)SM-2ER 対応を追加
5.2(5フェーズ2?)JTIDS/Link 16 以外の改良点をベースライン4 艦にバックフィットしたもの。TIP (Track Initiation Processor)追加でプロセッサの負荷を軽減
5.3(5フェーズ3?)トマホーク/SLAM 管制用のTTWCSを追加、カラー ディスプレイとLink 16を追加。プログラムコードは約650万行
5.4ベースライン5.3.9のハードウェアに新しいソフトウェアを組み合わせて、イージスBMD4.1とマージすることで、統合防空・ミサイル防衛(IAMD)を可能としたもの。BMDは5.0CUと同レベルの機能
5.4.15.4の改良型、イージスBMD4.2の機能をマージ[開発中]
6レーダーを改良。光ファイバーによる多重データ通信を導入
6フェーズ1VLSの再装填クレーンを廃止。AN/SQS-53CソナーにKingfisher機雷探知機能を追加
6.1(6フェーズ2)COTS(Commercial Off-The-Shelf)化を開始。CECに対応
6フェーズ3レーダーをAN/SPY-1D(V)に変更して、低空目標や低RCS目標の探知能力を強化。SM-2ブロックIVA 対応を予定したが中止。ESSMに対応。レーダーにシグナル プロセッサを増強
7システム構成を一新、分散処理に切り替え、COTSベースのコンソールを導入
7.1ベースライン7を基に軍用規格のコンピュータ機器を廃し、COTS化を推進
8タイコンデロガ級の改修艦(CGM:CruiserModernization)用
9.Aタイコンデロガ級、BMD非対応
9.B1ルーマニア向けイージス・アショア、SM-6デュアルⅠ対応
9.B2ポーランド向けイージス・アショア(ルーマニアも後日改修)、SM-6デュアルⅠ/Ⅱ対応
9.C1アーレイ・バーク級の近代化改修艦向け、SM-6デュアルⅠ対応
9.C2アーレイ・バーク級の近代化改修艦向け、SM-6デュアルⅠ/Ⅱ対応
9.Dアーレイ・バーク級のリスタート艦向け
10AN/SPY-6(V)1 AMDR(Air and Missile Defense Radar)を装備するために、レーダー戦闘システムの間のインターフェイスを改めたバージョン。アーレイ・バーク級フライトⅢ向け

イージスBMDのバージョン

イージスBMD対応ベースライン(BL)概要
3.0ELRS&T(Long Range Search and Track/ 長距離捜索・追尾)機能のみ。SM-3による交戦は不可能
3.0応急的なSM-3ブロックⅠ運用能力を付与
3.6SM-3ブロックⅠAの運用能力を獲得
3.6.13.6に、SM-2ブロックⅣによる終末段階迎撃機能を追加
4.0.1SM-3ブロックⅠBの運用能力を獲得
4.0.2BMD4.0.1の不具合を修正したバージョン
4.1BL5.4BL5.4の項を参照
4.2BL5.xBL5.xの既存AN/SPY-1レーダーを再生補修して、追跡能力の向上を図るもの
5.0統合防空・ミサイル防衛(IAMD)を実現したバージョン
5.0CUBL9.C1BMD5.0に、SM-2ブロックIVによる終末段階迎撃機能を追加。CUは能力向上の意
5.0CUBL9.B1BMD5.0に、SM-2ブロックⅣとSM-6デュアルIによる終末段階迎撃機能を追加。CUは能力向上の意
5.1BL9.C2SM-3ブロックⅡAとSM-6デュアルⅡに対応
5.1BL9.B2SM-3ブロックⅡAとSM-6デュアルⅡに対応
6.0BL10.0AMDR装備のベースライン10と組み合わせるバージョン
井上孝司INOUE Koji

1966年7月生まれ、静岡県出身。1999年にマイクロソフト株式会社(当時)を退社してフリーライターに。現在は航空・鉄道・軍事関連の執筆を手掛けるが、当初はIT系の著述を行っていた関係でメカ・システム関連に強い。『戦うコンピュータ(V)3』『現代ミリタリーのゲームチェンジャー』(潮書房光人新社)、『F-35とステルス』『作戦指揮とAI』『軍用レーダー』(イカロス出版、わかりやすい防衛テクノロジー・シリーズ)など、著書・共著多数。『Jウイング』『新幹線エクスプローラ』『軍事研究』など定期誌や「マイナビニュース」「トラベルウォッチ」などのWEBメディアにも寄稿多数。

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