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《見学雑感》令和7年度 富士総合火力演習(6月8日)──稲葉義泰

2025年6月8日(日)、静岡県御殿場市に位置する陸上自衛隊東富士演習場で、「令和7年度富士総合火力演習」、通称「総火演」が実施されました。現地で見学した筆者が、雑感をまとめました。稲葉義泰 INABA Yoshihiro

今回で67回目を迎えた富士総合火力演習の会場入り口 写真:JグランドEX編集部

 総火演は、陸上自衛隊が毎年度実施する、日本国内最大の実弾射撃訓練だ。自衛隊の各学校の学生などに対して現代戦の様相を展示するという、教育を主目的としている。67回目となる今回は、全国の部隊から約2900名の陸上自衛官が参加したほか、戦車や装甲車を含めた車両45台、火砲64門、航空機約20機が富士の裾野に集結し、南西諸島の離島防衛を想定した大迫力の訓練展示が行われた。

 その模様はこちらで(→令和7年度富士総合火力演習(ライブ配信チャンネル)または令和7年度富士総合火力演習ダイジェスト)じっくりご覧いただくとして、ここには、今回、現場でも総火演を見学する機会を得た筆者の雑感を書き留めておきたい。

前段・後段を通して、ひとつのシナリオを展示

 今回の総火演に関して、筆者は一見学者・視聴者として「最高の総火演だった」と感じた。理由は一つではない。

 まず、これまでの総火演では、前段演習において各種火器や航空機、車両などの性能を確認するための「射撃展示」が行われ、後段演習においてシナリオに基づく「現代戦闘の様相」が展示されていた(最近は離島防衛に関する内容が定番化している)。

 しかし、今回の総火演では、前段演習からシナリオに基づく展示が開始された。

 前段演習では、離島に侵攻してくる敵に対処するため、事前に部隊を展開させて陣地を構築し、敵を迎え撃つ。そして、後段演習では本土等からの増援部隊を加えて攻勢に転じ、敵を打ち破るという流れだ。

今回の総火演は、前段からシナリオに基づく展示が行われるという例年とは異なる構成がとられた 写真:JグランドEX編集部

 この構成の素晴らしい点は、シナリオが窮屈にならないということだ。これまでの総火演では、陸海空自衛隊による統合運用に加え、有事における個別職種の動きや連携というものを後段演習にギュッと詰め込んでしまっていた。そのため、ナレーションやスクリーンを使った説明の情報量が多くなってしまったり、逆に実際の車両や人員による射撃を含めた展示内容がシンプルなものとなってしまっていた印象がある。

 今回は前段・後半あわせてシナリオ展開に十分な時間を確保することができたため、事態の推移や部隊の動きなどが丁寧に展示されていたように感じる。

敵の「動き」が見えた

 シナリオ展示において「敵の動きが可視化された」点も画期的だったように思える。

 たとえば、迫りくる敵艦隊に対して12式地対艦誘導弾が射撃し、次いで96式多目的誘導弾や中距離多目的誘導弾が射撃する、あるいは上陸してきた敵に対してまずは野戦特科部隊が射撃し、その後対戦車誘導弾、最後に戦車が射撃するというように、射撃する装備の射程の違いを用いて敵が接近する様子を「可視化」していた。

 この可視化という意味において、今回の総火演で特に興味深かったのは、敵の侵攻を阻止する場面(前段演習)において、施設科部隊が埋設した地雷を敵戦車が踏んだという想定で小爆発が起きたことだ。これにより、「なるほど敵が向こうから近づいてきて、そこに車両がいるのだな」ということを視覚的に体感することができた。

 同様に、敵が攻撃を仕掛ける方向を変更したことに伴い、新たに敵が侵攻してきた地域に仕掛けてあった「火炎地帯」を発動するという一幕があったが、これも同じく敵の動きを見事に可視化していた。

敵の着上陸部隊に対して射撃するため疾走する10式戦車 写真:JグランドEX編集部
施設科部隊が設置した「火炎地帯」発動の模様 写真:JグランドEX編集部

ウクライナ戦争の様相を反映

 さらに、現在進行形で行われているロシアによるウクライナ侵攻(ウクライナ戦争)の戦訓を取り入れていることも印象的だった。

 なんといっても、野戦特科部隊が装備するりゅう弾砲などが、あらゆる場面においてほぼ絶え間なく敵に対して射撃を実施していたことだ。ウクライナ戦争においては、敵を制圧するに際して砲迫火力が重要であったことが明らかとなっており、場内のアナウンスでもそれについて説明がなされていた。

絶え間なく射撃を実施していた迫撃砲とりゅう弾砲 写真:JグランドEX編集部
野戦特科部隊が射撃するりゅう弾砲の着弾の様子 写真:JグランドEX編集部

 後段演習の最終盤では、敵の塹壕(ざんごう)に普通科部隊の隊員が突入し、内部を掃討する模様も展示された。隊員がボディカメラを装着し、その映像が会場スクリーンで放映された。これはまさしく、ウクライナ戦争の生々しい戦場の映像を想起させるものであった。

今回初めて展示された塹壕内掃討の様子。ウクライナ戦争の戦訓を着実に取り入れている 写真:JグランドEX編集部

 ほかに、敵の偵察手段の進化や発展を意識した展示も目を引いた。たとえば、前段演習のシナリオ展示冒頭、敵の着上陸部隊に対して、野戦特科部隊による砲撃に先立って、すでに用途廃止となった203ミリ自走りゅう弾砲の砲弾を即席爆弾(IED)にして敵を爆破する一幕があった。その意図は、砲撃を行えば敵に野戦特科部隊の位置を特定されてしまうため、まずはIEDにより敵を減殺し、混乱を生じさせるというものであった。

 また、敵の着上陸部隊に対して戦車や機動戦闘車が射撃を行う場面では、これらの車両が敵に対する攻撃を実施する「直前に」陣地占領し、攻撃態勢をとるというアナウンスがなされた。これは、事前にあらかじめ陣地占領をしてしまうと、敵に発見されて航空攻撃や艦砲射撃を受けるリスクがあるため、ギリギリまで敵を引き付けてから姿を現し、攻撃を実施するという方法がとられたわけだ。

総火演会場に飛来したV-22「オスプレイ」。普通科隊員を輸送してきた 写真:JグランドEX編集部

 以上のように、今回の総火演は例年とはその内容や見せ方を大きく変化させたことが見てとれる。その結果として、本来の目的である学生への教育という意味でも、また一般の方々への展示という意味でも、今回の総火演は最高の内容だったのではないかと筆者は考えている。

稲葉義泰INABA Yoshihiro

軍事ライターとして自衛隊をはじめとする各国軍や防衛産業に携わる国内外企業を取材する傍ら、大学院において国際法を中心に防衛法制を研究。著者に『「戦争」は許されるのか 国際法で読み解く武力行使のルール』『“戦える”自衛隊へ 安全保障関連三文書で変化する自衛隊』(イカロス出版)などがある。

https://x.com/japanesepatrio6

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