《ニュース解説》陸自オスプレイ損傷事故(令和6年10月末、与那国島)どうすれば防げたのか
- ニュース解説
2024-12-25 11:55
2024年10月末、沖縄県の与那国駐屯地で、陸上自衛隊オスプレイの損傷事故が発生しました。事故調査結果が出てから1ヶ月が経ち、この事故がなぜ起こり、どうすれば防げたのか、V-22オスプレイの日本導入に携わった元陸上自衛官の影本賢治氏が解説します。
2024年10月27日(日)に与那国駐屯地で、陸上自衛隊のV-22オスプレイが離陸中に機体を損傷させる航空事故が発生しました。
11月14日(木)には陸上自衛隊から事故調査結果が発表されましたが、公表資料だけでわかることは限られています。そこでこの記事では、インターネットで入手できるアメリカ海兵隊のオスプレイに関する情報(必ずしも正確なものではありません)や筆者の経験などに基づき、今回の事故がなぜ起こり、どうすれば防げたのか、できるだけ詳しく分析してみたいと思います。
事故はどのように発生したのか?
2024年10月27日11時38分頃、与那国駐屯地において、第1ヘリコプター団 輸送航空隊 第108飛行隊のV-22(91705号機)が離陸を始めました。その飛行は、当時実施していた日米共同統合演習「キーン・ソード25」での患者後送訓練のためのものでした。
離陸地点は国旗掲揚塔のある高台の手前で、やや狭い場所であり、気象は晴天の無風状態でした。
事故機の搭乗者は、パイロット2名と整備員3名、患者役の隊員などの同乗者が11名の合計16名でした(V-22の最大搭乗者数は、搭乗員4名と同乗者24名の合計28名)。その時の燃料の搭載量は公表されていませんが、満タンに近かったと考えられます(陸上自衛隊V-22の最大燃料搭載量は約7,500リットルで、アメリカ海兵隊のオスプレイよりも約1,000リットル多い)。離陸直前になって搭乗者数が1名増加したことで、離陸時間に遅れが生じていたようです。
事故機がプロップローターを上に向けたヘリコプター・モードで上昇してホバリングに移行し、引き続き上昇しようとして前進を始めたところ、機体の高度が低下し始めました。パイロットは離陸を中止し、離陸地点付近の平地に一旦接地しましたが、機体は再び上昇しながら左右にロールし、左側のナセル(エンジンなどの収容部)が地面に接触しました。(図1および図2参照)
事故機には左側ナセルなどに外注整備が必要な重大な損傷が生じましたが、搭乗者全員に怪我はありませんでした。
入れ忘れた臨時出力スイッチ、不十分だったクルー協力
事故機のパイロットは、離陸準備を行っている間に、エンジン出力を増加させる「インテリム・パワー・スイッチ」(図3参照)を入れ忘れてしまいました。事故発生時の機体総重量はかなり重く、通常よりも大きな出力が必要な状態だったので、このスイッチを必ず入れなければなりませんでした。にも関わらず、それを入れ忘れたのは、離陸直前の搭乗者数の増加や離陸時間の遅れに気を取られる中、操作手順の読み合わせなどの「クルー・コーディネーション」が不十分になったためでしょう。
「インテリム・パワー」(臨時出力)とは、燃料や人員・貨物などの搭載重量が重く、ノーマル・パワー(通常出力)では離着陸ができない場合に、臨時にローターの回転数および最大トルクを増加させる出力状態をいいます。ただし、この状態で飛行を続けると、エンジンの出力をプロップローターに伝達するプロップローター・ギア・ボックスなどへの負担が大きくなります。このため、必要のないときはスイッチを切ってノーマル・パワーで運用することになっています。また、大きな出力を必要としない飛行状態になると、自動的にノーマル・パワーに切り替わります。
「クルー・コーディネーション」とは、パイロットなどの搭乗員が、相互に協力し、情報を共有することで、安全かつ効率的な飛行を実現することをいいます。事故機においても、離陸前にインテリム・パワー・スイッチを操作する際には、一人のパイロットが手順を読み上げ、別のパイロットがそれを復唱しながらスイッチを操作し、手順を読み上げたパイロットがその操作が完了したことを確認するようになっていたはずです。
飛行するには出力不足 しかし機体は上昇した
ノーマル・パワー状態であった事故機は、出力が足りなかったにも関わらず、地上から15メートルほどまで問題なく上昇できました。これは、「地面効果」が働いたからであると考えられます。
「地面効果」とは、ヘリコプターが地面に近いところを飛行する場合にローターからの空気流がエア・クッションのように働き、ホバリングさせるために必要な出力が小さくなる現象です(同じような現象は固定翼機でも起こる)。この現象が生じる高度の範囲は地面効果内、それ以上の高度の範囲は地面効果外と呼ばれ、オスプレイの場合は約50フィート(約15メートル)がその境界となっています。(図4参照)
地面効果の境界である50フィート(約15メートル)程度の高度をギリギリの出力でホバリングしていた事故機は、前進を開始した途端に高度が下がり始めました。これは、前進に出力を使うことで、ホバリングに使える出力が減ったためであると考えられます。高度が下がると再び地面効果が得られたはずですが、一旦始まった降下を止めるだけの出力の余裕がなかったのでしょう。
事故機のパイロットは、高度が下がり始めるとすぐに着陸を決心しました。ただし、インテリム・パワー・スイッチは、飛行中でも操作が可能です。また、パイロットが左手で操作しているTCL(推力制御レバー、飛行機のスロットルやヘリコプターのコレクティブ・レバーに相当するもの)の「オーバートラベル・ボタン」(図5参照)でも、インテリム・パワーを作動させることができます。もしパイロットがそのどちらかの操作を直ちに行っていれば、出力を増加させて飛行を継続できたかもしれません。
止められなかった機体のロール運動
事故機は、ロール(左右の傾き)を繰り返しながら、フワリフワリと降下しました。オスプレイのロールの操縦は左右のプロップローターの推力の差によって行われます。事故機は、この推力を増加させるだけの出力の余裕がなく、ロールの制御が難しい状態だったと考えられます。なお、前進しながら滑走着陸を行えば、主翼などが発生する揚力を利用して出力の不足を補うことができたはずですが、前方に障害物がある今回の状況でそれを行っていたならば、さらに重大な事故を招いたことでしょう。
地面近くまで降下した事故機は、一旦接地した直後に再び浮き上がってしまいました。オスプレイのTCL(推力制御レバー)の操作方法は固定翼機のスロットルと同じで、前方に押すと出力が増加し、手前に引くと減少します。パイロットは接地すると同時にTCLを引くべきだったのですが、ロールを制御するのに精一杯で操作が遅れてしまったのでしょう。ただし、もしTCLを早く引きすぎると、より激しく接地し、さらに重大な損傷が生じたかもしれません。
上昇して地面から離れた事故機は、それまでよりもさらに大きくロールしました。オスプレイには、重量が重いローターやナセルが主翼の両端にあるため、ロールした場合の慣性力が大きいという特性があります。このことが機体姿勢の維持を難しくしていたのかもしれません。また、機体が地上にある場合は、自動操縦装置のモードが切り替わるようになっています。接地している間に操縦操作を行ったことが、パイロットの操舵量に影響を与えたのかもしれません。
事故を防ぐチャンスは何回かあった
まず、パイロットが離陸前にインテリム・パワー・スイッチを入れていれば、事故は起こりませんでした。この種のミスを完全になくすことはできませんが、搭乗員相互のクルー・コーディネーションを継続的に見直し、その徹底を図っていくしかないでしょう。
また、高度が低下し始めた際にTCL(推力制御レバー)のオーバートラベル・ボタンを押すなどして出力を増加させたり、一旦接地した際に速やかにTCLを操作して機体を安定させたりできていれば、事故は起こりませんでした。そういった緊急操作を可能にするためには、その手順をマニュアルなどで研究し、シミュレーターなどを使った訓練を重ねてゆくことが必要でしょう。
さらには、そもそも狭い場所からの重荷重状態での離陸を行おうとしなければ、事故を回避できました。本来、オスプレイに想定されているのは、滑走路や飛行甲板から滑走離陸し、燃料を消費して重量が軽くなってから、目的地で垂直離着陸を行うという運用であったはずです。今回の事故のような場所や状態での訓練が本当に必要なのか、計画段階からの指揮官による確認や指導を徹底してゆくことが求められます。
陸上自衛隊が発表した調査結果には、事故の原因や対策が包括的にしか書かれていませんが、そこにはこれまで述べたような内容が含まれていると筆者は考えています。
オスプレイ自体が原因の事故ではない
今回のV-22の事故は、パイロットの操縦操作の誤りという人的ミスにより発生したものであり、オスプレイ自体が原因ではありませんでした。逆に言うと、他のどんなヘリコプターでも、同じような事故が起こり得ます。
もちろん、この事故の発生にオスプレイの特性が全く関係しなかったわけではありません。例えば、インテリム・パワーはオスプレイ特有の機能であり、他の機種にはみられないものです。しかし、だからといって、それが原因ということにはできません。もしそうだとするならば、自動車でパーキングブレーキを解除し忘れたまま走行したことによるブレーキ損傷は、レバー式や足踏み式など車種によって異なる操作装置が原因ということになってしまいます。
このような機種特有の特性は、さまざまな乗り物に存在するものであり、操縦者にはそれに合わせた操作を行うことが求められるのです。
ただし、この事故を発生させた責任があるのはパイロットだけではありません。重量の重い機体を狭い場所から離陸しなければならない状況を作り出したのは、事故機のパイロットではありません。筆者の計算では、事故発生時の搭載燃料が半分だったなら、ノーマル・パワーでも十分に離陸できたはずです。
トラックなどの貨物自動車を過積載で運行した場合、運転手だけではなく、事業主や荷主にも責任が問われます。同じように、今回の訓練を計画した指揮官にも重大な責任があるはずです。管理者として、V-22の特性を踏まえた実効性のある再発防止策をしっかりと講じてもらいたいものです。
Ranking読まれている記事
- 24時間
- 1週間
- 1ヶ月
- 防衛省人事発令 1月1日付け、昇任1佐人事(陸自52名、海自15名、空自24名)
- 防衛装備庁発令 1月1日付け人事(防衛技官2名)
- 馬毛島の基地建設、1月の工事作業予定などを防衛省九州防衛局が公表
- 防衛省人事発令 2024年12月31日付け、指定職人事(防衛事務官1名)
- 第216回臨時国会に、自衛官の俸給月額やボーナス引き上げについての法律案が提出