《特集》潜水艦進化論──潜水艦はいかにして“最強”となりしか
- 特集
2024-5-9 21:11
現代の海軍の兵器としては“最強”とされる潜水艦。
世界の軍艦を網羅する最も権威あるジェーン年鑑で、各艦種のトップに潜水艦を配していることからも、潜水艦が現代の海軍兵器でもっとも強力な兵器とされていることのなによりの傍証となるだろう。しかし、潜水艦は誕生したときからこれほど強力な兵器だったわけではない。
「可潜艦」から、真の「潜水艦」へ──潜水艦の進化とその強さの秘密を探っていこう。
潜水艦の誕生と世界大戦
潜水艦は、それを保有している海軍にとって非常に強力な武器だ。海中の潜水艦は肉眼では見えず、電波が水中に届かないためレーダーでも探知できない。水中の潜水艦を捉えるには音波を用いるしかないのだが、音波が水中を進む速度は電波よりもはるかに遅く、海水の温度や塩分濃度によって音波の進み方はさまざまに変化する。潜水艦を捕まえるのは簡単ではないのだ。
しかも潜水艦は魚雷や対艦ミサイルなど、1発で水上艦を撃沈、あるいは作戦不能にできる攻撃力を持ち、巡航ミサイルで内陸の目標を攻撃する能力も持っている。あるいは敵国の都市や核兵器を壊滅させる弾道ミサイルを搭載する潜水艦もある。
水中に潜んで敵の艦船を攻撃することが考えられたのはかなり昔からで、19世紀のアメリカ南北戦争では、手回し推進の南軍の潜水艦ハンレーが、艦首から伸びた棒の先に取り付けた爆弾で北軍の軍艦を撃沈した例がある。ただしハンレーも相討ちとなって沈んでしまったが。
潜水艦が実用的な兵器として広く用いられ、その威力を発揮したのが20世紀初期の第一次世界大戦だった。ドイツ海軍の潜水艦Uボートはイギリス海軍の装甲巡洋艦3隻を相次いで撃沈、当時の強力な水上戦闘艦も海中の潜水艦からの攻撃に対しては脆弱であることを示した。またドイツ潜水艦は大西洋などでイギリスの商船を沈め、一時は海上輸送路を生命線とする島国イギリスを窮地に陥れた。
20世紀中期の第二次世界大戦で潜水艦はさらに猛威を振るう。各国の主力艦の数々を沈め、海上輸送路を脅かした。
しかし第二次大戦の潜水艦は、水上ではディーゼル機関、水中では電池に蓄えた電力でモーターを回して航行し、速力は水上で20ノット程度、水中では10ノット以下。潜航持続時間も限られていた。それが大戦末期にはドイツ潜水艦UボートXXI型のように、20ノット近い水中速力を目指す艦が現れ、第二次大戦後の各国も水中高速型潜水艦を建造するようになった。
同じく大戦末期からは、潜航中の潜水艦から海面上に吸排気筒「シュノーケル」を伸ばし、海中でもディーゼル機関を運転して航行、あるいは電池に充電することができるようになった。また、やはりドイツで過酸化水素を酸化剤として、潜航中でも空気に頼らずに燃料を燃やして動力を得る「ワルター機関」の潜水艦が試作され、今日のAIP機関の先駆的な試みもあった。
とはいえこの時代の潜水艦は、あくまでも「潜航することもできるフネ(可潜艦=サブマーシブル)」で、真の「潜水艦(サブマリン)」ではなかった。
真の潜水艦=原子力潜水艦
真の潜水艦を実現したのが、世界最初の原子力潜水艦として1955年に完成したアメリカ海軍のノーチラスだった。原子力機関によって、潜水艦は機関を運転するのに空気を必要とせず、電池に充電する必要もなく、水中を航行し続けることができるようになった。理屈の上では原子力潜水艦は、乗員の食料などの消耗品が尽きるまで、無限の水中航行が可能だ。実際、アメリカ海軍の原潜トライトンは、1960年に潜航したままでの世界一周航海を行っている。
同じ頃に、アメリカ海軍は通常動力の実験潜水艦アルバコアで涙滴型船体による水中高速性能を実証し、原子力機関と涙滴型船体を組み合わせたスキップジャック級は、水中速力35ノット以上といわれた。
さらにアメリカは潜航中の潜水艦から発射するポラリス水中発射弾道ミサイル(SLBM)を開発し、スキップジャック級原潜の船体を延長してポラリス16発を搭載する、世界初の弾道ミサイル原潜(SSBN)ジョージ・ワシントン(SSBN598)を1961年に就役させた。これにより潜水艦は核弾頭を装備するSLBMで敵国の都市や産業・経済をまるごと破壊しうる能力を持つようになった。
これらSSBNは海中に潜み、所在をつかみ難いため、全面核戦争になった際には、敵の核攻撃から生き残る可能性が高く、敵国に報復の核攻撃を加えることができる。つまり敵に核攻撃を加えても、SSBNの報復攻撃を受けることを覚悟しなければならず、SSBNは今日でも各国の核戦略の中で抑止力の主力と位置付けられている。弾道ミサイル原潜SSBNに対して、敵潜水艦や艦船の攻撃を主任務とする原潜は、攻撃型原潜(SSN)と呼ばれる。
1990年代初期までの冷戦時代、アメリカとソ連(現在のロシア)は、多数のSSNとSSBNを建造し、SSBNは核ミサイルを搭載して定常的に航海に出て、核抑止任務についていた。攻撃型原潜SSNは、全面核戦争になった場合に敵SSBNが核ミサイルを発射する前に撃沈し、報復核攻撃を防ぐため、敵SSBNを監視、追跡するとともに、味方のSSBNを追尾する敵SSNを追跡する、という鍔迫り合いが行われていたという。アメリカSSNの中には、ソ連海軍の軍港に侵入してダイバーがソ連原潜を写真撮影したり、ソ連軍の海底電話線に盗聴装置をしかけたり、といった冒険的な情報収集を行っていたという話も伝わっている。
またソ連は冷戦時代にアメリカ空母部隊を攻撃することを目的に対艦巡航ミサイルを搭載する巡航ミサイル原潜SSGNを建造し、冷戦後にはアメリカはオハイオ級SSBNを改装してトマホーク巡航ミサイルを搭載し、特殊部隊の侵入母艦ともなるSSGNを作っている。
原潜の能力と威力は絶大だが、大型で建造費も高く、保有している海軍は米ソ英仏、中国、それにインドと限られている。また原潜は原子炉の冷却水の循環ポンプや蒸気タービン、減速ギアなど、騒音の元を艦内に抱え、静粛性を高めるのにさまざまな技術が必要で、それがまた艦を大きくし、建造費を膨らませることになる。
進化を続ける通常型潜水艦
一方、従来からのディーゼル発電機と電池でモーターを駆動する通常型潜水艦(SS)は、アメリカ以外の各国でも作られ、静粛性では原潜を上回るとされるものも現れている。通常型潜水艦は原潜に比べて水中速度が遅く、水中航行持続時間も限られるため、外洋を広く行動するには向かないが、自国の近海や沿海域での警戒や待ち伏せ、侵入などを行うには、静粛性が高く、小型な通常型潜水艦はむしろ適しているともいえる。しかも通常型潜水艦は原潜よりも安価で乗員数も少なくて済む。
1970〜80年代には、ドイツやフランス、ソ連など潜水艦先進国がSSを輸出し、東南アジアや南米、中東にまで潜水艦を保有する海軍が増えることとなった。日本の潜水艦は世界の通常型潜水艦の中でも大型で、高性能のソナーなどを備え、基地から遠く離れた海域に進出しての任務を重視していることがうかがえる。
また近年では、日本の「そうりゅう」型やドイツの212/214型のように、燃料電池やスターリング機関などを補助動力として搭載し、潜航したまま空気に頼らずに航行し、電池に充電することのできるAIP潜水艦も現れている。さらにはリチウム・イオン電池という画期的な技術によって、通常動力潜水艦の水中航行持続時間は大幅に伸びようとしている。
潜水艦がそこに存在する意義
原潜であれ、通常動力潜水艦であれ、潜水艦の最大の威力はその存在のつかみ難さにある。潜水艦は「いる」だけではなく「いるかもしれない」というだけで脅威となる。
1982年のイギリスとアルゼンチンの間で戦われたフォークランド紛争では、イギリスの原潜コンカラーがはるか南大西洋に展開し、アルゼンチンの練習艦の巡洋艦ヘネラル・ベルグラーノを撃沈(これまでのところ原潜による史上唯一の実戦戦果)、以後アルゼンチン海軍は基地から出撃できなくなった。一方南大西洋に向かうイギリス艦隊も、アルゼンチン潜水艦の行動を恐れて、ジグザグに針路を変えながら航行せざるを得ず、航行日数も燃料消費も伸びることとなった。
潜水艦は海中のどこかにいるかもしれない、というだけで、相手海軍を牽制し、その行動を制約することができる。その潜水艦に対処するためには、偵察衛星などで敵潜水艦基地を常時監視し、基地の近海に潜水艦を潜ませて、敵潜水艦の出動を追尾させ、海底設置ソナーや、高性能のソナーを曳航する音響観測艦で敵潜水艦の動向を聞き取り、さらに対潜哨戒機で敵潜水艦の所在を絞り、水上艦の対潜ヘリコプターで捉える、といった多層の監視・捜索態勢が必要となる。
潜水艦は自国にあっては強力な武器となり、敵国にあっては恐るべき脅威なのである。
Ranking読まれている記事
- 24時間
- 1週間
- 1ヶ月
- オーストラリアへの「令和6年度型護衛艦」移転に問題がないことを確認
- 空自の次期初等練習機が米テキストロン社T-6に決定
- 2等陸佐の懲戒処分を発表 自衛官身分証明書を紛失(11月28日)
- 人事発令 8月1日付け、1佐職人事(陸自191名、海自56名、空自34名)
- 空自の岐阜地方警務隊が隊員を書類送致。SNSによる情報漏洩の疑い(11月29日)