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《解説》カスピ海のイラン海軍はなぜ攻撃されたのか——バンダレアンザリー攻撃の背景を探る

  • 日本の防衛

2026-3-21 20:16

3月19日にイスラエルは、カスピ海に面したイラン海軍のバンダレアンザリー基地を攻撃し、艦艇、造船所、指揮センターなど数十の目標を無力化したと発表した。軍事的にも経済的にも重要とみなされていなかったこの地が、なぜ激しい攻撃にさらされたのか? 同地を訪ねたことのある筆者が分析する。柿谷哲也 KAKITANI Tetsuya

カスピ海のイラン海軍に痛撃

 2026年3月19日、イスラエル軍は、テルアビブの記者団に対して、イスラエル空軍がカスピ海でイラン海軍のミサイル艇、コルベット、造船所、指揮センターなど数十の目標を攻撃し、イランの内海における海軍能力はほぼ無力化されたと述べた。

 2月28日に始まったアメリカとイスラエルのイラン攻撃で、カスピ海沿岸の基地が攻撃されたのは初めて。これまで、アメリカとイスラエルは、ペルシャ湾と北アラビア海に面するバンダレアッバスや、チャバハールなどの海軍基地と艦艇を攻撃してきた。これらの基地はイラン海軍とイラン革命防衛隊海軍の拠点であり、ペルシャ湾に接するアメリカ海軍の基地や、経済の重要航路であるホルムズ海峡の目の前にあるため、優先度の高い目標であった。

 一方で、外海と接していないバンダレアンザリーは20日間にわたって攻撃を受けてこなかったことから、軍事的にも経済的にも脅威とみなしていなかったことが分かる。このバンダレアンザリーへの攻撃により、ペルシャ湾と北アラビア海に面するイランの基地や艦艇は全て無力化されたと分析できる。

3月19日のNASAのリアルタイムFIRMS(火災情報・資源管理システム)の地図には、沖合と基地の場所に火災発生が表示されている 写真:NASA

対ソビエトの拠点から対ロシア貿易の拠点へ

 バンダレアンザリーはカスピ海に面し、水鳥の保護区でもあるアンザリー潟で知られ、湿地に関する条約「ラムサール条約」のラムサールにも近い。現在、バンダレアンザリーはロシアのカスピ海の港湾都市アストラハンと直接貿易ができる貴重な位置にあり、バンダレアンザリー港にはロシア籍の貨物船が行き交う。

 かつてイラン帝国時代にイラン空軍がF-14戦闘機を対ソビエト防空のために導入したことからも分かる通り、カスピ海沿岸の対ソビエトの前線基地であり、以前は防空レーダーも配置されていた。

 ソ連崩壊後、カスピ海の領海画定には資源問題も絡み難航したが、沿岸5か国は2003年に領海を確定させた。そして2007年以降、2年に1回ほどロシア海軍コルベットがバンダレアンザリーを訪問し、イラン側もこれまでに5回、ロシアを訪問している。

 アゼルバイジャンとは海底油田の利権で係争があるが、2015年にはバクーを訪問するまで関係を改善。2017年にはアゼルバイジャン海軍がバンダレアンザリーを訪問している。2017年にはカザフスタンも訪問している。

 イランにとってアゼルバイジャン以外のカスピ海沿岸国との問題として近年顕著なのが、キャビアの需要の高まりによるチョウザメの枯渇問題で、5か国協議で2026年まで商業漁労を禁止している。そのため密猟が横行しており、イラン北方艦隊は哨戒艇で密猟を監視する任務もあるようだ。

イスラエルが発表したモッジ級フリゲート5番艦「デイラマン」とされる艦。沖合にあり、マリタイムトラフィックのAIS情報を合わせれば、艦は沖留め停泊中の商船団の中にいたようだ 写真:Israel Defense Forces

フリゲートとコルベット中核の小規模艦隊

 バンダレアンザリー海軍基地に所在していたのは、モッジ級フリゲート「デイラマン」(満載排水量約1,500トン)、ハムゼ級コルベット「ハムゼ」(530トン)、シーナ級ミサイル艇(275トン)× 4隻、ガーム級哨戒艇(61トン)× 4隻の小さな部隊である。中でも最大の戦闘艦である「デイラマン」は、3月4日にスリランカ沖でアメリカ海軍潜水艦「シャーロット」の魚雷攻撃により撃沈されたフリゲート「デナ」の同型艦である。イラン海軍では同級を「駆逐艦」と称すこともあるが、国際的にはフリゲート、もしくはコルベットのような小型の戦闘艦である。

「デイラマン」はモッジ級5番艦で、2023年就役の最新艦。76ミリ砲、8基の対艦ミサイル、3連装魚雷発射管2基を装備する。対空兵装は30ミリ砲 1基と20ミリ砲 2基。マストにフェーズドアレイ・レーダーを4面に装備するも、就役時の同型艦は対空ミサイルを搭載していなかった。カスピ海沿岸5か国の海軍ではロシアに次ぐ2番目の規模であるが、ペルシャ湾と北アラビア海側の基地に比べれは小規模である。

バンダレアンザリー海軍基地に配備されているシーナ級ミサイル艇「ヨシャン」。同級は4隻配備されている 写真:柿谷哲也

攻撃は将来の海軍再建阻止が狙いか

 2018年1月10日、2015年に就役したモッジ級2番艦「ダマヴァンド」が、バンダレアンザリーに入港する際、強風を理由に防波堤に激突して座礁し、後に沈没した。当局はそれ以外の原因を発表していないが、西側のメディアは乗員の技術不足が衝突の理由とみている。

2018年に操艦ミスで堤防に激突し沈没したモッジ級フリゲート2番艦「ダマヴァンド」。2016年撮影。後に引き上げられ修理が行われていた 写真:柿谷哲也

 2017年に筆者は、カスピ海で有名な魚料理のマーフィーセフィードを楽しむために、バンダレアンザリー基地の隣にあるレストランを訪問している。食後は2階席のペルシャ絨毯敷きの喫茶フロアでふたりの若者とシーシャ(水たばこ)を楽しんだ。

 聞けばふたりともイラン最大の海軍基地、バンダレアッバスから赴任したばかりの軍人で、意気揚々と「大きな船に乗って勉強する」と話していた。筆者はこれを聞いて、「ダマヴァンド」に乗艦して実習を受ける士官または水兵であると直感した。「ダマヴァンド」は当時イランで最新、かつ最も大型の水上戦闘艦であり、その重要な艦を内海のカスピ海に配備することは不思議であった。しかし、続く3番艦以降の乗員教育のために、民間船舶が少なく、海象が安定し、航海訓練や戦闘訓練に向いているカスピ海に配備したと分析した。

 3月19日のイスラエルによるバンダレアンザリー攻撃が、ロシアとの武器貿易を阻止する目的ならば、民間港側の岸壁や施設の破壊が必要であるが、それには手を付けず、沖に停泊する「デイラマン」や海軍基地を破壊している。イスラエルに直接な脅威がないアセットであるだけに、攻撃の最大理由は海軍再建の要である士官や水兵を養成する艦と施設の破壊だったのではないだろうか。

柿谷哲也KAKITANI Tetsuya

フリーランス・フォトジャーナリスト。1966年生まれ。航空機使用事業を経て、自衛隊や外国軍を取材し内外に記事と写真を発表する。外国軍の取材は公式・非公式合わせて74か国。著書多数。

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