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《「こんごう」乗艦レポート》
リムパック2026 #12 「ミスターこんごう」

  • 特集

2026-10-2 06:18

「こんごう」には、30年近く勤務する「ミスターこんごう」がいる。FCS員長の大瀬良(おおせら)海曹長だ。彼は3曹の頃、日本のBMDが実現した決定的な瞬間に立ち会ったという柿谷哲也 KAKITANI Tetsuya

 海上自衛隊護衛艦「こんごう」(DDG173)は、リムパック2026演習を終え、続けて弾道ミサイル防衛演習に向けて出港した。
「こんごう」は2006年11月から2007年3月にかけて、弾道ミサイル防衛能力を加える特別改造が三菱重工業長崎造船所で行われ、同年12月18日、カウアイ島沖の太平洋ミサイルレンジ施設(PMRF)で「ステラー・キジ」と呼ばれる迎撃試験を実施。弾道ミサイルを模した中距離模擬弾頭に対してスタンダードSM-3 Block1Aを発射し、高度160kmの熱圏で撃墜に成功した。この時、SM-3の発射ボタンを押したのが、今「こんごう」CICでFCS員長の大瀬良(おおせら)海曹長だ。まだ3曹だった当時のことを聞いてみた。

「ミスターこんごう」こと、FCS員長の大瀬良海曹長。2007年の海自初のSM-3による迎撃試験で、SM-3の発射ボタンを押した人物だ 写真:柿谷哲也

「発射のボタンを親指で押す瞬間を今でも覚えています。でも、発射ボタンを押したとき、 SM-2と感覚が違ったんですよ。押したのに出ていかない感覚がありました。ああ、どうしようって思った時にドーンって出て行って、すごく安心したのを覚えています。その後はご承知のようにSM-3は標的に命中して、成功したのですが、その判定が出るまでちょっと長いんですよね。大気圏外で命中するわけですから、米軍側から結果判定が出るまで時間がかかるんです。ああ、どうだったんだろうって不安もあって、でもその直後に『サクセス』って来て艦内は盛り上がりました。あの感覚っていうのはもう味わえないかな。今の役職的に、もう発射するオペレーターに就くことはないでしょうから。
 あの感覚っていうのは、今回リムパックでSM-2の発射を担当したFSC員の佐藤3曹も多分同じだったと思います。今回は二目標同時で難しい射撃でしたが、あのような経験がないと、FCS員というのは、一皮むけないというか、撃ったことがあるかないかで全く違います。彼にとって、ものすごくいい経験になったのではないかと思いますね。
 ミサイルは、VLS員によるVLS整備や、SPY員によるSPY-1レーダーの整備、イルミネーターの整備など、全ての配置の人間がしっかり職責を果たさないと発射されません。もちろんそれだけではなく、海域まで出ていくため機関科、航海科、食事を作る給養、そしてCICのみんなが全力でオペレーションしてくれる。先輩・後輩もなく、艦の全員が全ての役職を全うして初めて、その発射ボタンで弾が出て行き、最高のエンディングをもたらすわけです」
 護衛艦「こんごう」が弾道ミサイル防衛能力を獲得後、すべてのイージス艦にSM-3の能力付与が完了している。その間、北朝鮮からは実際に弾道ミサイルが発射され、そのたびに、我々国民はスマートフォンのアラートが鳴り、発射の事実を知る。そのとき、海の向こうで対処するイージス艦の乗員がいることを国民は忘れてはならない。

柿谷哲也KAKITANI Tetsuya

フリーランス・フォトジャーナリスト。1966年生まれ。航空機使用事業を経て、自衛隊や外国軍を取材し内外に記事と写真を発表する。外国軍の取材は公式・非公式合わせて74か国。著書多数。

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