《レポート》それは“動く英国大使館” ──空母「プリンス・オブ・ウェールズ」の東京寄港
- 特集
2025-9-16 13:36
2025年8月28日から9月2日にかけて、英国の最新鋭空母「プリンス・オブ・ウェールズ」が東京湾に6日間停泊しました。艦内では国際サミットや防衛産業展示会といったイベントが連日開かれ、空母が平時の外交においても強力な「ソフトパワー」となり得ることを鮮やかに示しました。
2025年9月2日、イギリス海軍が誇る最新鋭空母「プリンス・オブ・ウェールズ」が、東京国際クルーズターミナルをゆっくりと後にした。8月28日の到着以来、6日間にわたりここに停泊していた同艦は、その特徴的な外観も相まって、もはやターミナル構造物の一部と言っていいほど東京湾岸部の景色に見事に溶け込んでいた。それだけに、「プリンス・オブ・ウェールズ」が去った後のターミナルに漂う寂しさや喪失感というものは、長年慣れ親しんだ建物が跡形もなく取り壊されてしまった時と同じくらい、筆者の心にぽっかりと穴をあけた。


この東京寄港中の6日間のうち、幸運にも、筆者は5日間にわたり「プリンス・オブ・ウェールズ」を取材する機会を得た。そのうちの4日間は艦内で開催されたイベントの取材だったが、そこで得た経験から筆者なりに感じたことについて、簡単にまとめてみたい。
ある時は国際サミット、ある時は防衛産業展示会の会場に
まずは、何と言っても空母の巧みな「使い方」には感嘆せざるを得なかった。筆者はこれまで、一般公開や取材の機会をとらえて、アメリカ海軍の原子力空母「ロナルド・レーガン」「ジョージ・ワシントン」、そして海上自衛隊の「いずも」などに乗艦してきた。これらと比べて、「プリンス・オブ・ウェールズ」は艦内の雰囲気こそ大きくは変わらないものの、その使用方法には大きな違いがあった。
今回の東京寄港中、「プリンス・オブ・ウェールズ」の艦内では3つのイベントが催された。まず、8月29日から30日の2日間にかけて開催されたのが「パシフィック・フューチャー・フォーラム(PFF)」だ。PFFは、主に安全保障や防衛、経済、先進技術などの専門家や軍・自衛隊の高官を含む実務者が一堂に会して執り行われる国際サミットだ。その会場は「プリンス・オブ・ウェールズ」の航空機格納庫で、その一部に仕切りを設け、そこに大がかりな照明装置とステージ、そして大型スクリーンが配置された。

続いて、8月31日には抽選当選者を対象とする艦内ツアーが行われた。これは、事前応募総数約4万人という膨大な人数の中から選ばれたわずか90名の当選者が、「プリンス・オブ・ウェールズ」の艦内を実際に見て回ることができるというもので、それぞれ3名の乗員がアテンドする形で、5組に分けられた当選者たちが順番に艦内を見て回った。
このとき公開されたのは「航空機格納庫」「航空管制室」「飛行甲板」「艦橋」で、格納庫と移動中の通路を除くと基本的には自由に撮影することが許されていたこともあって、参加者たちは興奮交じりにスマホやカメラでいろいろなアングルから撮影を楽しんでいた。
ちなみに、格納庫で撮影に制限が設けられている理由は「プリンス・オブ・ウェールズ」が搭載しているF-35Bのせい。F-35Bには一般人が機体から7m以内に接近し、かつエアインテークとエンジンノズルにカバーがかけられていない状態では機体の撮影が許されないという制約がある。そのため、飛行甲板に駐機しているF-35Bにはすべてエアインテークとエンジンノズルにカバーがかけられており、また機体からの離隔距離も確保されていたため、撮影が許可されたというわけだ。


そして、9月1日にはやはり航空機格納庫を会場として駐日イギリス大使館主催の「日英防衛・安全保障産業デー」が開催された。これは、BAEシステムズやバブコックといった大手企業のほか、各種分野のスタートアップを含めたイギリスの防衛関連企業29社がブースを出展した防衛産業展示会で、自衛隊関係者や日本企業の担当者などが商談を行うための機会として設けられたものだ。
報道陣に公開されたのは約2時間ほどだったが、そこかしこのブースで日英双方の担当者による活発な意見交換が見られたのが印象的だった。


このように、「プリンス・オブ・ウェールズ」はその東京寄港中に、ある時は国際サミットの会場として、またある時は日英の防衛産業展示会の会場として、休む間もなく働き続けたわけだ。
イギリスのソフトパワーの象徴として
このように、ある国の軍艦が他国に寄港した際、その艦内を公開したり、あるいは自国の存在感をアピールするためのレセプションを開催することは決して珍しいことではない。しかし今回の「プリンス・オブ・ウェールズ」は、その規模も期間も、通常のそれと比べてまさにケタ違いだったと言っていい。
専門家や実務家、政府高官が訪れて安全保障問題について幅広い見地から議論する国際サミットの場を提供したり、防衛産業展示会を開催したりと、空母という巨大な艦内空間を擁する艦種だからこそ実施可能なイベントを連日にわたり開催するというのは、少なくとも日本に寄港した他の軍艦では前例がないはずだ。

さらに、「プリンス・オブ・ウェールズ」の存在感はクルーズターミナルの敷地外においても存分に発揮されていた。筆者が同艦を取材した5日間、ターミナルの内側には報道陣を含めた関係者しか立ち入ることは許されなかったが、その外側には常にスマホやカメラを手にした数多くの一般の方々の姿があった。とくに土日ともなるとその数は膨大で、隣接する公園には酷暑の日々にもかかわらず常に人だかりができていた。

そして、駐日イギリス大使館を含め、SNS上でも「プリンス・オブ・ウェールズ」東京寄港に関する情報発信が毎日のように行われ、まさに「日本にイギリスがあふれていた」といっても過言ではないだろう。総じて、今回の「プリンス・オブ・ウェールズ」東京寄港はイギリスのソフトパワーをこれでもかと見せつけられた、とても貴重な日々だったといえるのではないだろうか。
軍艦の本質的な役割は、もちろん有事の際に自国を防衛することだが、平時においては自国を象徴する存在として、他国に対してその存在感を示すということもその立派な役割の一つだ。イギリス海軍は、クイーン・エリザベス級空母2隻を運用するにあたり、その莫大な維持費や運用経費のために、水上艦艇全体の維持整備体系全体において深刻な問題を抱えることになったという。これが、有事の際の軍の即応性という側面から非常に深刻な問題であることに、異論をさしはさむ余地はないであろう。しかし、今回の東京寄港を通じて、筆者はそうした問題を抱えていることを理解しつつもなお、イギリスという国をこれほど身近に感じることができる機会を提供してくれた「プリンス・オブ・ウェールズ」の偉大さを実感せずにはいられない。

2022年に勃発したロシアによるウクライナ侵略以来、ヨーロッパとインド太平洋地域の安全保障は互いに切っても切り離せない関係になったと理解されている。そこで、日本が武力紛争に巻き込まれた際にイギリスが軍事的に直接関与するかと言われれば、筆者はそれは難しいと考えるが、ただし少なくとも「連携して事態に対処する同志国」でいてくれるという期待感は持っているし、今回の寄港を通じてその思いは一層強まった。つまるところ、単に政府間で強まりを見せていた日英関係を、国民レベルで目に見える形で、実感できる形で強めることができた、というのが今回「プリンス・オブ・ウェールズ」がもたらした最大の成果と言えるのではないだろうか。
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