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《ニュース解説》航空機へのレーザー照射──陸自ヘリ事案から考える実態と対策

  • ニュース解説

2025-6-15 21:00

2025年5月、陸自ヘリUH-1Jに向けてレーザー光が照射される事案が発生しました。この行為の危険性、現行法による規制の甘さ、米連邦航空局が推奨する対策などについて、元陸上自衛官の影本賢治が解説します。影本賢治 KAGEMOTO Kenji

発生したレーザー照射事案の概要

 2025年5月28日19時25分頃、山形県酒田市で夜間飛行訓練中の陸上自衛隊UH-1Jヘリコプターに緑色レーザーが照射される事案が発生しました。

資料出典:陸上自衛隊 ※縮尺バーは筆者が付け加えたもの
(参考)陸上自衛隊UH-1J多用途ヘリ 写真:鈴崎利治

 事案発生時の天候は晴れで、日没から約35分後の薄暮の時間帯だったと推定されます。地図上に赤丸で示されたレーザー発射推定地域は、最上川流域の平地であり、高い樹木も少なく、視界が良好な場所となっています。

 幸いなことに、本事案による搭乗員や機体への被害はありませんでした。

頻発する航空機レーザー照射事案の実態

 航空機へのレーザー照射は決して珍しい事案ではありません。米国連邦航空局(FAA)の報告によれば、2023年には過去最高の13,304件、2024年にも12,840件もの事案が発生しています。また、国土交通省の統計によると、2010年から2016年末までの約6年半で、国内における航空機へのレーザー照射報告は210件に達しています。これは月平均2~3件のペースに相当します。ただし、日本乗員組合連絡会議(ALPA Japan)は、実際の発生件数は報告をはるかに上回っていると指摘しており、実態はさらに深刻かもしれません。

 自衛隊機を標的とした事案も初めてではありません。2024年11月には、愛知県小牧基地所属のKC-130H輸送機が上空約1kmで緑色レーザーを照射されました。この時、レーザー光を最初に確認したのは操縦士ではなく、貨物室にいた隊員でした。また、2015年12月には、沖縄県普天間基地でアメリカ海兵隊のヘリコプターに約9分間もレーザーを照射し続けた男が威力業務妨害容疑で逮捕され、有罪(罰金50万円)となっています。

(参考)航空自衛隊KC-130H空中給油・輸送機 写真:中井俊治

 これまでのところ、国内でレーザー照射による機体の損傷や搭乗員の負傷が発生したことはありませんが、海外では深刻な事例が発生しています。アフリカのジブチでは、2018年に中国軍の基地から軍事級とみられるレーザーがアメリカ軍機に対して数週間にわたり複数回照射され、アメリカ空軍の搭乗員2名が軽微な眼の負傷を負ったと報告されています。また、アメリカ連邦航空局(FAA)の統計によれば、2010年以降、328件のパイロットの負傷が報告されています。

使用されたレーザー装置の推定

 レーザー装置は、その出力に応じてクラス1(玩具用、合理的に予見可能な条件下で常に安全なレベル)からクラス4(工業・医療等用、材料や組織などを切断できるレベル)までに区分されています。このうち、クラス3R以上の高出力機器は、国内でレーザーポインターとして販売することが禁止されています。

 次の表は、緑色レーザーが及ぼす視覚的影響のおおよその距離を推定したものです。

レーザークラス別影響距離(標準的な1ミリラジアンのビーム発散角の場合)

表作成:影本賢治

 また、次の表は、国内で販売が許可されているクラス2のレーザー機器について、周囲の明度に応じた影響距離を表したものです。

クラス2レーザーの時間帯別影響距離

表作成:影本賢治

※数値は標準的な1ミリラジアンのビーム発散角の場合
※NOHD:Nominal Ocular Hazard Distance(公称眼障害距離)
※グレア:光源による眩惑で視認能力が低下する状態(強い光を見て目がくらむ状態)
※ディストラクション:光源による注意散漫が生じる状態(強い光によって操縦に影響が出る状態)

 防衛省は、今回の事案が発生した際のレーザー発射源とUH-1Jヘリコプターとの距離を公表していませんが、陸上幕僚監部から示された図から、数キロメートルだったと推定されます。これは、薄暮時におけるクラス2レーザーのディストラクション距離(500~800m)を遥かに超えています。

 したがって、今回の事案で使用されたレーザー装置は、国内では一般に販売が許可されていないクラス3B以上のものであったと考えられます。つまり、「たまたまポケットに入っていた普通のレーザー・ポインターを、うっかりヘリコプターに向けてしまった」というような事案ではなさそうです。

 また、今回の事案で照射されたのは緑色レーザーでした。人間の視覚特性により、同じ出力であれば赤色よりも緑色の光のほうが数倍から数十倍明るく感知されるので、より危険性が高まります。

パイロットと機体に与える深刻な影響

 レーザー照射は航空機、特に低空飛行を行うヘリコプターにとって、致命的な結果を招く可能性があります。

視覚機能への直接的影響
 強力なレーザー光がコックピットに侵入すると、パイロットは強烈な眩惑(グレア)に襲われ、視界が完全に白化します。光源が除去された後も、一時的な視力喪失状態(フラッシュ・ブラインドネス)が継続します。その後も、視野に光が焼き付いて残存する残像現象が生じ、視覚情報の正確な認知が妨げられます。

暗視装備使用時のリスク
 夜間任務で暗視ゴーグル(NVG)を使用している場合、レーザー光が増幅されて視界全体が緑色に飽和する「ブルーミング」が発生します。これは明るい光源の周囲に白い光の輪やぼやけた領域が現れる「ハレーション」とは異なり、視覚情報が完全に遮断され、墜落に直結する極めて危険な状態です。

操縦能力への影響
 視覚情報を奪われたパイロットは、計器の誤読や操縦装置の誤操作を引き起こしやすくなります。最悪の場合、機体の空間的位置関係を把握できなくなる空間識失調に陥る危険性があります。

心理的・生理的影響
 予期しない光による攻撃は、パイロットに深刻な心理的ストレスを与えます。驚愕による一瞬の判断停止(スタートル効果)や、事後の頭痛、眼痛、光過敏症などの症状が報告されています。事案が頻発する地域では、慢性的なストレスが士気低下につながることも懸念されます。

レーザー光が航空機の風防に照射されると、光が拡散し、一時的に視界が遮られる 写真出典:アメリカ空軍

レーザー装置をめぐる法規制

 消費生活用製品安全法により、国内で販売可能な携帯用レーザーポインターは「クラス2」以下のものに制限されています。このクラスのレーザーは、偶発的な短時間の目への照射に対してもまばたきなどの嫌悪反応によって影響が回避されるため、安全であるとされています。それ以外の高出力レーザーポインターの販売や販売目的の陳列は禁止され、違反事業者には罰則も科されることになっています。

 しかし、この法律の規制対象は「販売行為」に限定されており、高出力レーザーポインターの「所持」や「使用」そのものを直接禁止するものではありません。つまり、個人使用を目的とした輸入や輸入後の使用行為については、現行法では取り締まることができません。実際のところ、インターネットを経由した個人輸入により容易に入手できる状態にあります。

 また、航空法は空港周辺など特定空域での航空機へのレーザー照射を禁止しており、50万円以下の罰金が科されます。加えて、航空機の運行業務を妨害した場合は、威力業務妨害罪で3年以下の拘禁刑または50万円以下の罰金が科されます(前述の普天間ヘリ照射事案の犯人は、この罪で有罪判決を受けました)。さらに、航空機を墜落等の危険に陥れた場合には3年以上の拘禁刑が科せられる可能性があります。

 これに対し、アメリカではクラスⅢa(日本のクラス3Rに相当)までの販売が認められ、それ以上の高出力レーザーポインターも所持は禁止されていませんが、航空機へのレーザー照射行為には最長5年の懲役と25万ドル(約3,600万円)という高額な罰金が科せられます。また、カナダやオーストラリアのように高出力レーザーポインターの所持を禁止している国もあります。これらの国と比べると、日本の規制は緩いと言ってよいでしょう。

アメリカ連邦捜査局による、航空機へのレーザー照射禁止を呼びかけるポスター。「これが指針(ポインター)だ:ダメ!悪ふざけ その先は刑務所」「航空機へのレーザー照射は連邦法上の犯罪です。最高で5年の懲役および/または最高25万ドルの罰金が科せられます。情報は最寄りのFBI支局へ通報してください。」と書かれている。画像出典:FBI

レーザー照射脅威への対策

 FAAは、レーザーの照射を受けた際のパイロットの対応として、以下の手順を推奨しています。

1 予測/Anticipate
 レーザー照射が既知であるか疑われる環境で運航する場合、操縦していないパイロットは航空機の操縦を引き継ぐ準備を整える。

2 操縦/Aviate
 航空機のコンフィギュレーションを確認し、(利用可能であれば)自動操縦装置を使用して確立された飛行経路を維持することを検討する。

3 航法/Navigate
 上昇または旋回することにより、機体胴部を盾にしてレーザー光線を遮断する。

4 通信/Communicate
 航空交通管制(ATC)に状況を報告する。

5 照明/Illuminate
 コックピットライトを明るくし、さらなる照射効果を最小限に抑える(瞳孔の散大を抑え、レーザー光とのコントラストを低減させるため)。

6 委任/Delegate
 他の搭乗員が照射を回避できた場合は、照射を受けていない搭乗員に操縦を交代する。

7 減衰/Attenuate
 可能な限り目を保護する(手、クリップボード、バイザーなど)。レーザー光線を直視せず、他の搭乗員の注意を光線に向けさせないようにする。

8 悪化させない/Do Not Exacerbate
 目をこすらないようにする。これによりさらなる負傷を引き起こす可能性がある。

9 評価/Evaluate
 着陸後に視覚症状が持続する場合は、眼科医の診察を受ける。

 アメリカ軍では、このような対症療法的な措置に加えて、LEP(レーザー・アイ・プロテクション)と呼ばれる保護具の支給が進められています。LEPを装着することで、可視光・赤外線・紫外線をフィルタリングし、視力喪失状態の発生や眼の負傷を防止することができます。

 アメリカ空軍では、1996年に開始された「航空機乗員レーザー眼保護具(ALEP)プログラム」により、パイロットにLEPが支給されています。LEPの種類は主に眼鏡とヘルメット一体型バイザーであり、今後3年間で42,000組以上が配布される予定となっています。その装着は常時ではなく、レーザー照射時またはその可能性が高い場合に推奨されているようです。

 アメリカ陸軍では、「公認プロテクション・アイウェア・リスト(APEL)」によってLEPが管理されており、必要に応じて支給を受けることができるようになっています。LEPの種類は眼鏡、ゴーグル、ヘルメット一体型バイザーなど多岐にわたり、AH-64の暗視装置で利用できるものもあります。装着は空軍と同様に状況に応じて判断されているようです。

LEP眼鏡を装着した、アメリカ空軍のKC-135ストラトタンカー空中給油機の給油クルー(ブームオペレータ)写真:アメリカ空軍

自衛隊でできる対策と「空のテロ」根絶への方策

 危険なレーザー機器をなくすことができない現状においては、自衛隊においても次のような対策を取ることが必要だと考えられます。

操縦士用レーザー保護具の導入
 アメリカ軍の装備品を参考に、自衛隊の運用環境に適した眼鏡などをパイロットなどに支給する。

レーザー検知システムの活用
 照射されたレーザーの方向や位置を特定できる機上システムを活用する。(前述の普天間ヘリ照射事案においては、機体に搭載されていたFLIR(forward looking infra-red, 近距離監視装置)の画像データが犯人逮捕の決め手となったようです。)

実践的な訓練の実施
 シミュレーターを活用して対処手順を訓練する。

 航空機へのレーザー照射は、単なる迷惑行為ではありません。人命を危険にさらし、国の安全保障をも脅かす「空のテロリズム」です。国や警察、そして国民には、この危険な行為を社会から根絶する強い意志が求められています。

 レーザーポインターを航空機に向けることが、どれほど恐ろしい結果を招く可能性があるのか、その危険性を理解し、周りの人にも伝えていただければと思います。空の安全は、私たち一人ひとりの意識から始まるのです。

(以上)

影本賢治KAGEMOTO Kenji

昭和37(1962)年北海道旭川市生まれの元陸上自衛官。アメリカ陸軍や関連団体が発信する航空関連の様々な情報を翻訳掲載するウェブサイト『AVIATION ASSETS』の管理人。在職中は主に航空機の補給整備に関する業務に携わった。翻訳書に『ドリーム・マシーン』『イーグル・クロー作戦』。

https://aviation-assets.info/

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